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#56 僕らの文化祭~犬塚旋一&虎井謙司side~

今回の中心人物→謙司、旋一

 文化祭前日。 西陽の差す放課後の教室に、 旋一の声が響く。


「そう、 そこで剣を構えて」


 その言葉に、 ベニヤ板を加工した剣、 演劇部から借りてきた兜、 布で作った手製のマントと言う異世界ものの勇者のごときコスチュームに身を包んだ謙司が剣を構えた。


「何かちょっとちゃうな……剣道っぽい?」


 と言うクラスメイトの言葉に旋一は、


「そやな。 もっとこう……勇者のポーズで」


 と返す。


「勇者をヨガみたいに言うなや……」


 などと言いつつ、 謙司は剣を構え直した。

 やがてクラスメイトの一人が、 謙司が張りぼてのドラゴンに向けて剣を構える姿をデジカメに収めた。


 この日謙司と旋一のクラスは、 出し物の【異世界喫茶】の宣材写真を撮っていたのだった。


「よっしゃ、 この写真を100枚くらい現像して、 学校中に配んぞ」


 と言って、 デジカメを取って教室を出ようとする旋一の肩を謙司がムンズと掴んだ。


「あんな恥ずかしい姿を学校中にバラ撒く気かお前は……?」

「痛っ、 痛っ、 冗談やん」

「たとえ冗談でも、 怒ってええ時はあると思うんやが……」


 と言って謙司が肩を離すと、 旋一はドテっと床に尻餅を付いた。

 立ち上がった旋一はズボンに付いた埃を払いながら、


「まあ冗談は置いといて、 資材が減って来たからホムセンに買い出しに行くわ」


 と言った。


「何や、 外に行くんはホンマなんか?」

「おう。 嘘を信じさせるコツは、 嘘の中にちょっとだけ真実を混ぜることやって言うやろ」

「さっきの信じさせるつもりやったんかい…」


 などと二人が言い合っていると、 同行する生徒に旋一が呼ばれた。


「じゃ、 行ってくるわ」


 と言って、 旋一はカメラを返して教室を飛び出して行った。


「ホンマにおもろいよな、 犬塚くん」


 と言うカメラの生徒こと、 伊藤(いとう)の言葉に謙司はゆっくりと頷いた。



 そもそも、 彼らのクラスがなぜこのような出し物をして謙司がこんな格好をしているのか。

 十数日前のある日。 クラス会では文化祭の出し物を決めていたが、 決定的な意見は出ずに様々な意見が出ては消えていった。


 その時ある生徒が、 教室に異世界風の装飾をして異世界物のコスプレをした生徒が飲食物を出す「異世界喫茶」はどうかと提案したのだ。

 当然、 そのような出し物はそれだけの手間も掛かるし、 塾や部活にも影響が出かねない。

 クラスの大半の者は乗り気では無かった。 実際、 提案した生徒も軽い思い付きだった。

 だが、 そこで「それエエやん!」と乗ったのが旋一だったのだ。


(まあ、 こういう楽しそうな事は旋一(あいつ)ならとりあえず乗っかるわなあ…)


 と謙司は思った。

 結局他に良い案も出ず、 なし崩し的にこの「異世界喫茶」に決定したのだった。


 翌日。 HRでは、 「異世界喫茶」の各業務の担当者を決める話し合いが行われた。

 それなりに担当者は決まって行ったものの、 中心になって接客をする「勇者」の仮装をする者はなかなか決まらなかった。

 高校生にもなって着るには恥ずかしい衣装な上、 中心になって接客するのだから他の者以上に時間も取られる。 当然といえば当然と言えた。


 教室が怠い雰囲気に包まれようとしていたその時、


「俺は虎井君がええと思います!」


 と旋一が勢いよく手を挙げた。

 さすがの謙司も、 これには椅子から転げ落ちそうになった。


「お、お前は何言うてんねん」

「やって、 お前は背も高いし一応顔もええんやから似合うんちゃう?」


 などと言い合う二人に、 クラスメイトの視線が注がれる。


「その……虎井君、 どうかな?」


 と言ってきたクラス委員長の、 (そうや、 虎井君がおるやん。 と言うか、 他にやる人もおらへんやろうしさっさと決めて準備に入りたいわ)という目を見て、 根は人の良い謙司は「う……」となっしまった。


 結局、 周囲の無言の圧力に押されるように謙司は勇者役を引き受けたのだった。



 そうしてやって来た文化祭前日。 最初はあまり乗り気では無かったクラスメイトたちも、 旋一の勢いに押されるように段々テンション

 が上がってきているようだった。

 旋一はずっとそういう奴やったなと、 謙司は思う。

 何よりも自分が楽しむことによって、 周りも楽しくさせて行き、 そしてそれはやる気に変わっていくのだ。


 そう言う謙司も最初は嫌々やっていたのだが、 旋一のペースに巻き込まれるようにして(さらに元々の真面目な性格もあって)、 異世界喫茶の作業に本腰を入れるようになって来ていた。


 謙司が勇者の衣装を脱ぐと、 スマホが鳴った。 電話を掛けてきたのは、 先ほど旋一と一緒に買い出しに出た生徒からだった。


「何か犬塚君、『あっちに友達がいるからちょっと話してくるわ』って言って向こうに行ってしもたんやけど……虎井君からちょっと帰ってくるように言うてくれへん?」

「……分かった。 言うてみるわ」


 と言って、 謙司は電話を切った。

 全く、 人を旋一(あいつ)の飼い主や飼育係か何かと思ってんのか?

 ……いや実際そんな感じかも知れんけど……などと思いながら旋一はスマホを出した。


 スマホの呼び出し音を聞きながら謙司は思った。


(まあ、 あいつの事やから、 また誰かを元気づけたりしてんのかも知れんけどな…)


 と。



 やがて、 すっかり陽の落ちた後。

 文化祭前日と言えどさすがにこの時間まで残る生徒たちは少なくなっていた。

 謙司も帰宅の準備をしていたが、 その時、


「今日は犬塚君は一緒とちゃうんや?」


 と、 伊藤が聞いてきた。


「いや、 アイツは……」

「ああそうか、 犬塚君は今日はバイトなんやったね」


 伊藤の言う通り、 旋一は週に何度か、 文化祭の準備を終えた後でコンビニのバイトに行っていた。


「犬塚君も大変やね、 ここの作業が終わった後でまたバイトに行くって」

「……うん。 よくやるなって思うわ」


 旋一は何も言わなかったものの、 彼がバイトをするのは接客の経験を積むだけではなく、 自分の小遣いを自分で稼いで、 家計の助けになるようにするためだと言う事を謙司は察していた。


 そんなだから、 もっと文化祭の準備ぐらいは適当に参加していれば良いものの、 こっちも全力で楽しまずにはいられない。

 旋一はそんな奴なんやと、 謙司は改めて思う。

 そんな旋一の姿を見ているからこそ、 自分も負けじと文化祭の作業に熱を入れ出した面もあった。

 きっと、 クラスの皆もそうなんと違うかなと、 謙司は思った。


 そんな事を考えつつ、 謙司は机の中にあった参考書を鞄の中に入れた。 それを見た伊藤は、


「えっ、 虎井君、 もしかしてこれから塾とか?」


 と言った。


「……そうやけど……」

「なんかゴメン、 忙しいやろうにこんな大変な役させてもうて」

「いやええよ。 伊藤君が決めた事と違うし。それに、 俺自身結構楽しんでるし」


 それは、 謙司の本心だった。


「凄いな、 犬塚君だけと(ちご)うて虎井君も。 忙しいのにクラスの中心になって準備頑張ってくれて」


 そう言われて、 謙司は照れくささのような戸惑いのような気持ちを覚えた。

 何しろ、 中学時代までの謙司は勉強や習い事で文化祭の準備などろくに参加できず、 ずっと、 クラスの中心にいる旋一を眺めるようにしていたのだから。


 だが、 今はクラスの皆と一緒に何かを作り上げるという事に、 今まで感じた事のないような充実感を覚えていた。


(認めるんはシャクやけど……これも、 旋一(あいつ)が自分を(強引に)勇者役に指名したからやな……)


 と考えながらも。

 来年の文化祭も、 こうして皆と一緒にふざけ合いながら楽しんだり出来るのだろうか、 と謙司は同時に思う。

 来年になると、 さすがに旋一も本格的に家の仕事を継ぐ準備に入っているかもしれない。

 そうなると、 いくら旋一と言えど今のように積極的に学校行事には関われないはずだ。

 もしかしたら、 本人もそれを分かってるからこそ、 中学まで以上に全力で楽しんでいるのかもしれないと、 謙司は思った。


 それは自分にしても同じ事。 来年になると大学進学のための勉強に追われているかも知れないからこそ、「今出来る事」を全力で楽しんでいる面もあった。


 こうやって旋一と一緒にアホな事が出来る日々も、 いつかは終わってしまう。

 案外、 旋一(あいつ)もそれを感じているからこそ、 自分を文化祭のメインに推したのかも……


(いやいやいや、 あいつに限ってそれは無いか……)


 と謙司は思った。

 こんな毎日が、 いつまでも続いてほしいと思いながら。

(つづく)




旋一と謙司は、異世界喫茶の業務があるため真のライブは観に行ってません。

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