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#55 僕らの文化祭~羊田淳太朗side~

今回の中心人物→淳太朗、杏香

 時は少し遡り、 文化祭の数日前。

 淳太朗は、 周りの生徒たちの笑い声が飛び交う中、 クラスの出し物である大迷路の設営を手伝っていた。


 中学までの彼なら、 このような陽キャ密度の濃い空間からはすぐに逃げ出したくなっていたかも知れない。

 いや、 今でも多少の苦手意識は抱いているが、 旋一たちと関わる中でそれなりに「明るい高校生」のノリに慣れた事と、 杏香と関わる中で自分の「苦手」から逃げないという決意をした事で、 彼は踏みとどまっていたのだった。


 そして、 変わったのは気持ちだけでは無い。

 設営のためにそれなりの重さの資材を持つ事もあったが、 淳太朗は以前よりも重いものを持つのが楽になっている気がしていた。

 相変わらずマッチ棒のように細い身体ではあったけれど、 貫太の言う通りに筋トレを始めてから、 体に「芯」のような物が出来てきたのかもしれないと淳太朗は感じていた。


 そんな淳太朗ではあったが、 心の中にはモヤモヤしたものがあった。

 杏香がここに居なかったからだ。

 文化祭の準備期間に入って以降、 杏香は一度も出し物の準備に姿を現すことは無かった。


(きっと、 またダンスの練習に行ってるんやろな……)


 と淳太朗は思ったが、 そんな事は知らないクラスメイトたちは、


「そう言えば、 大上さんって一度も準備手伝ってへんやんな」

「やっぱ()()()やしな、 空気読めへんのやろ」


 などと言い合っていた。

 他人の事のはずなのに、 淳太朗は自分の事のように胸が痛くなった気がした。



 翌日の放課後。 淳太朗は、 廊下に立ちながら真のライブの予定を確認していた。

 真のライブなので当然のごとく行くつもりだったが、 そのような陽キャ的な熱気で満ちているであろう空間に入るのは、 彼にとってまだ少し勇気のいる事だった。


 と、 その時、 杏香が自分の前を通りすぎて行くのを見た。

 どうやら、 また学校を出てダンスの練習に行くようだった。

 その杏香の凜とした姿に一瞬見とれた淳太朗だったが、 ふと彼の頭に昨日教室で聞いた会話が蘇ってきた。


「なあ、 大上さんって文化祭の準備手伝わへんの?」


 と、 淳太朗は衝動的に声を掛けた。


「……何? アンタには関係なくない?」


 と突き放すように言って、 杏香は帰ろうとした。

 もし淳太朗にとって杏香がただのクラスメイトだったなら、 ここで彼は引き下がっていたかもしれない。

 だが、 淳太朗自身も気付いていた。 杏香が、 自分にとってただの他人では無く、 少しずつ特別な存在になっていた事に。

 そして、 淳太朗は(本人に自覚は乏しいが)、 自分にとって大事な存在のためなら勇気を出せるのである。


「……でも、 ちょっとは手伝わんと、 皆の大上さんの印象も悪くなるし……」

「だから、 アンタには関係ないよね? ……私はダンスに行かないといけないのアンタは知ってるでしょ。 仲良しごっこに私を巻き込まないでくれる?」


 と言う杏香を、


(「仲良しごっこ」とか現実に言う人いるんや……)


 と思いながら淳太朗は見た。


 するとその時、「あいつ()()()やってるらしいで」

 などと言う男子生徒の声が聞こえてきた。

 それは杏香に向けられた言葉なのかは分からなかった。

 だが、 その時淳太朗は見た。 杏香が、 一見平気そうな顔をしながらも鞄を握りしめながら耐えて、 必死に言葉をやり過ごそうとしているのを。

 よく鞄を見ると、 何度も今のような事があったのか杏香の握った部分がクシャクシャにしおれてしまっていた。


「……」


 淳太朗は思った。

 大上さんは、 きっと自分よりずっと強い人なんだろう。

 でも、 だからと言って人から何度もある事ない事言われて平気でいられるわけ無いじゃないか。


 彼女にとって、 取るに足らないような存在である自分の言う事を聞いてくれるかは分からない。

 安い同情だと思われるかもしれない。

 そもそも、 彼女ほど打ち込める物を持っていない自分にこんな事を言う資格があるのかも分からない。

 でも、 やっぱり大上さんには苦しい顔や辛い顔はしてほしくない。

 淳太朗は、 そう思った。


(……皆と仲良くまではなれなくても、 少しでも辛い思いが無くなってくれたらええな……)


 と思った所で、 淳太朗はハッとした。


 淳太朗は、 勇気を振り絞って今頭に浮かんだ言葉を言った。


「……やったら、 文化祭の準備は手伝わんでもええけど、 ○○日に体育館でやるライブに行って見いひん? 僕の友達も出るんや」


 それを見た杏香は、 心底驚いたような表情になってまじまじと淳太朗を見た。


「……アンタって友達居たの……?」


(うん、 何となくそう言う流れになる気はしてたわ……)と思いながらも、 淳太朗は続けた。


「うん、 僕もライブ(そういうトコ)って行った事ないけど、 行ってみたらきっと楽しいよ」

「……いらない。 音楽を聴くだけなんてくだらない事はしない。 アンタも分かってるでしょ。 私にはダンスしかないの」

「……やったら、 なんでそんな苦しそうな顔するん?」


 と、 淳太朗は杏香の顔を見て言った。


「……ダンスに本気で打ち込む大上さんって、 本当に凄いと思う。 でも、 そんな苦しい思いを堪えながらやるんって、 ちょっと違くない? と言うか、 僕なんかが何を言ってるんやって感じやけど…… 」


 それを見た杏香が驚いたように言った。 


「アンタって、 そんな喋る奴だったっけ?」

「僕も、 少しずつ変わって来てるんやと思う。 あと、 これもホラ」


 そう言って淳太朗は鞄に入っていたミネラルウォーターのペットボトルを取り出すと、 右手で蓋を掴んで開けてみせた。


「ど……どう? あの時は大上さんに蓋を開けてもうてたけど、 今はもう自分で開けれるようになったんや」 


 それを見た杏香は、 呆れたように言った。


「アンタさあ……普通、 そんな事を伝えるためにわざわざペットボトルを開けたりする? 口で『開けられるようになった』って言ったらいいだけでしょ」

「う……でも、 これもあの時真っ直ぐにダンスに打ち込む大上さんを見て、 僕も変わりたいと思ったからなんや」


 そう、 あの時の彼女は、 今と表情はそんなに変わらなくてもとても楽しそうに見えた。


 淳太朗のその言葉を聞いた杏香は少し「……」と考えると踵を返して、


「ああ、 ダンスの練習に間に合わなくなるから行くよ」


 と言って去って行った。


(ああ、 結局帰ってもうた……)


 そんな事を思いながら杏香を見送っていると、


(なんか今の会話って、 好きな人をデートに誘うみたいやったかも……)


 と言うような気になってきて、 淳太朗は顔を赤くした。



 そしてライブ当日。

 淳太朗はロックバンドのライブをちゃんと見るのは始めてだったが、 真たちの熱気と迫力に圧倒されていた。

 何かに本気に打ち込んでいる人たちは、 皆こんなに輝いているんだろうかと淳太朗は思った。 


 と、 その時、 淳太朗は遠くに見覚えのあるような姿を見た。

 見間違いかと思って見返したが、 やはりそれは杏香だった。

 そうしている内に、 杏香は体育館を出ていった。 淳太朗は、 ライブの熱気に当てられたように杏香を追いかけて行った。

 必死に走って何とか淳太朗は杏香に追いついた。


「ハァ……ハァ……大上さん、 来たん……?」


 と淳太朗が聞くと、


「……まあね。 ……別に、 ダンスの参考になるかと思っただけだから」


 と、 杏香は少し顔を背けるようにして言った。

 その言葉が、 彼女の本心でない事は淳太朗にもすぐに分かった。


「……アンタって、 変わってるよね。 私がクラスの中ではみ出てても、 構ってくれる人なんてほとんど居なかったのに」


 きっとそれは、 ()()()()()()()()()()()苦しさを自分も知ってるからだろうと、 淳太朗は思った。

 と、 杏香は淳太朗に背を向けて、


「じゃあ」


 と言って去って行った。


「えっ、 もう帰んの? その、 せっかくやからもっと皆と一緒にいたら……」


 と淳太朗は言ったが杏香は、


「……今日ライブに来たからって、 皆と馴れ合いたいと思ってるわけじゃないから。 ……でも今日はちょっと●●●●●」


 と言って去っていった。

 その姿を見ながら淳太朗は、 最後の聞き取れなかった部分は何て言ってたんだろうかと考えた。


(ちょっとしか聞き取れへんかったけど……もしかして『楽しかったけど』と言ったんかな……」


 と淳太朗は思った。


 今の言葉を聞いて、 杏香が自分に惹かれていると考えるほど、 淳太朗は自意識過剰な人間ではないつもりだった。

 でも、 杏香が多少なりともこの日を楽しんでいた事に、 淳太朗は自分の事のように胸が熱くなってもいた。


(それはやっぱり、 僕が大上さんを好きになったからなんかな……)


 と、 淳太朗は思った。

(つづく)



「あの時は大上さんに蓋を開けてもうてたけど」「これもあの時真っ直ぐにダンスに打ち込む大上さんを見て」→#42「羊田淳太朗の冒険」

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