#52 僕らの文化祭~introduction~
今回の中心人物→真、貫太
今回から文化祭編が始まります。全7回くらいの予定です。
ついに、 文化祭の日まであと一日になった。
学校内が模擬店の準備や吹奏楽部や演劇部の練習の音で騒然となる中、 真も軽音楽部の練習場所の教室で最後の仕上げに励んでいた。
バンドでの音合わせが終わり、 皆の手が止まった時、 真はふと自分の手が目に入った。
先日こずえに言われたように、 その指は連日の練習ですっかり硬くなっている。
中学の吹奏楽部時代の真は、 クラリネットで親指にタコが出来たり、 トロンボーンで右腕が長くなったりするような頑張った証―――言わば「勲章」のような物がチューバの自分に希薄だったのが少し不満だった(筋肉は多少付きはしたが)。
だから、 今このように自分の頑張りが体に刻まれているのが少し嬉しく、 そして誇らしくあった。
もっとも、 真はそんな努力の証を残しただけで満足するような男ではない。
(俺は明日、 ステージで最高の演奏をする……そして、 利栖先輩に告白する……そして……)
そう、 真は改めて誓った。
そんな自分の心に、 不安とも武者震いともつかない感情が沸き起こるのを感じた。
そうしていると部長が、
「おーい、【STAY GOLD】の皆ー、 そろそろスタジオに移動するよ」
と声を掛けてきた。
軽音楽部は、 文化祭前の最後の追い込みに学校近くのスタジオを借りて練習する事になっているのだ。
そのバンド名を聞いた真、 鈴木、 佐原、 そしてキーボードを担当する女子の田井は一斉に『ベタ過ぎんなこれ』と笑った。 彼らで考えて決めたバンド名であったのだが。
真は、 他のバンドメンバーに「先に行っててええぞ。 すぐに追いかけるから」と促すと、 一人廊下に立った。
真は深呼吸をすると、 改めて先ほどから浮かび上がっている心情に向き合った。
(何度味わっても慣れへんな、「本番」前のこの緊張感は……)
中学の吹奏楽部時代、 全国大会まで進めない小編成の部だったけれど、 コンクール前はいつもこのような何とも言えない緊張感に襲われていた。
だが、 当時の真は男子だったり先輩だったりの面子もあって、 何となく周囲にその事を打ち開けられなかった(そもそも、 当時の彼は吹奏楽部の大半を占める女子とまともに話せなかったのだが) 。
そして残念ながら、 多くの吹奏楽部員と同じように真も期待した結果ばかりを得られるわけでは無かった。
その事を思い出し、 真も珍しく弱気な想像が頭をよぎりそうになった……
所で、 「なーに黄昏てんねん」と、 背中を叩かれた。
真が振り返ると、 後ろに旋一が立っていた。 さらに、 その後ろに貫太と淳太朗も。
「……何か旋一、 こういう登場多くないか?」
と言う真に旋一は事もなげに、
「まあ、 そう気にすんな」
と答えた。
「大体お前、 自分のクラスの店の準備せんでええんか? お前んトコ、 確か【異世界喫茶】やろ」
「出店の買い出しに行こうとしたら、 たまたま貫太と淳太朗に会うてん。 にしても、 なーんか珍しく思い詰めた顔してるやん。 何かあったんか?」
「まあ、 明日の本番の事考えたらな……」
と言う真に旋一は、
「へーえ、 真ちゃんでも緊張することあんねんな」
とおどけるように言った。
「……そらするわ。 本番は、 今まで頑張ってきた事の結果とか一発で決まってしまうねんぞ」
真がそう言うと、 後ろから貫太が出てきて言った。
「まあ、 本番前ってそう言うもんやからな。俺も、 大事な試合の前はいつも緊張しとった」
「へー、 ゴリラでも緊張する事ってあるんや……ムグッ」
またもおどけて言おうとする旋一の口を淳太朗が塞いだ。
「……そうか、 お前もそういう事あったんやな」
と言う真に貫太は、
「学生野球の大会も一発勝負が多いからな。 ……でもそう言う時って、 結局今までの頑張りを信じて思い切り当たって行くしか無いねんな」
「……」と聞き入る真に、 貫太はさらに続けた。
「お前が、 単に文化祭の舞台に出るだけと違て、もっと大きいモン」を目指してるのは気づいとる。 文化部とかええ賞を獲れへんかったとか関係なく、 俺は中学の時からずっと頑張り続けてるお前の事を凄いと思うてる。 俺は野球からは離れてもうたからな。 やから、 そんな自分の事を信じて行けばきっと上手く行くはずやって思っとけばええ」
「僕も、 そこまで緊張するって事はそれだけ本気やからやって言うの、 この前の体育祭の時にほんのちょっとだけやけど分かった。 そんな真の事はホンマに凄い……と思う」
と淳太朗も言った。
「お前ら……」
と真は言うと、 貫太の方を見て笑った。
「何か、 逆に貫太に励まされてもうたな。 吹部は野球部員の応援をするモンやのに。 淳太朗も有難うな」
淳太朗が照れたような笑いを浮かべていると、 貫太が旋一に向かって言った。
「お前も何か言うたれ」
「ええと……明日のステージがもし失敗しても俺らが慰めたるから、 ドーンと行ったれ」
その旋一の言葉に、
「失敗する事前提かい……」
と真は苦笑した。
「でも、 皆と話してたらちょっと不安が吹っ切れたわ」
と真が言うと、 旋一のスマホが鳴った。
旋一は電話に出ると、 「悪い、 謙司が『今どこにおんねん』ってキレそうやからそろそろ買い出しに行くわ」
と言って駈けていった。
「そんなら、 俺も他のバンドの連中が待ってるからそろそろ行くわ」
と、 真は出口へと向かった。
廊下を歩きながら、 真は先ほどの三人との会話を思い出していた。
―――そう、 中学の頃とは違って、 今は背中を押してくれる仲間たちがいる。
真は、 改めて自分たちのバンド名を思い浮かべた。
金の前に立ち続ける。
その名前に、 真は吹奏楽部時代を思い出す。
―――やっぱ、 ええ名前付けたやんな俺ら。
あの頃は最初から金賞には届かなかったけど、 今度こそは自分の中の頂点―――最高の演奏と、 利栖先輩の心を掴もう。
そう、 真は学校の扉の前で誓った。
(つづく)
楽器での身体の変形を「勲章」だと言うのは、あくまで真の個人的な感覚です。




