♯51 二人の雨宿り
今回の中心人物→真、こずえ
体育祭とマラソン大会も終わっていよいよ桜野高校も文化祭に向けて騒がしくなり、 真のいる軽音楽部もステージでの演奏に向けて活動日数を増やしていた。
長かった部活の時間もようやく終わり、 真が帰ろうとすると突然バケツを引っくり返したような豪雨に襲われた。
真夏か! と、 心の中で真は突っ込んだ。
近年は環境の変化により、 秋になっても真夏のようなゲリラ豪雨が降ることもあるのである。
傘も持ってきていなかった真は制服を濡らしてしまったが、 幸いにも体育のある日だったので雨宿りも兼ねて校舎内で体操服に着替える事にした。
男子トイレまで行って着替えるのも面倒臭かったので、 真は中に人がいないのを確認して手近な教室に入った。
教室後ろの机の陰に入ると、 真は手早く上の制服を脱いで鞄から体操着を出して着た。
ついで、 ズボンも替えようと脱いだところで、
ガラッ。
と音を立てて教室の扉が開いた。
(しまった、 誰か来てもうたか……?)
と思って扉の方を見た真は硬直した。
入ってきたのはこずえだったのだ。
(ななな何で利栖先輩がこんな所に★□○▲✩■!?……そうか、 慌てて中に入ったから忘れてたけど、 ここ三年の教室か!)
と何とか我に帰った真は、
(と、 とにかく早くズボンを履かんと……)
と慌てて体操着のズボンに手を掛けた。
音を立ててこずえに気づかれないように、 真は静かにズボンを履き変えていく。
もちろん、 その間もこずえに注意を払いながら。
しかし、 この前は腕の筋肉を見られて、 今回はズボンを脱いでいる所に入ってこられた。 そのうち、 全裸でいる所を見られたりするかもしれない……全裸……全裸の先輩と俺が……
妄想があさっての方向に進んでいき、 股間に熱いものが込み上げてくるのを感じながらも、 何とか真は制服のズボンを鞄にしまい込んだ。
ベルトのカチャカチャという音で、 もしかして気づかれてしまったかもしれないとこずえの方を見たが、 どうやら彼女は気付いてはいないようだった。
真はホッと胸をなで下ろすと、 机の陰から改めてこっそりこずえの姿を見た。 彼女も雨宿りをしているらしく、 窓の外を気にしながらカバンを机に置いてスマホを取り出した。
どうやらこずえは音楽ソフトを開いたらしく、 スマホから静かで、 少し切なげなピアノの音色が聞こえてきた。
曲名は思い出せないものの、 別段その方面に詳しくない真でも何度も聴いたことのある有名なクラシックの曲だ。
今までに見たことのない、 憂いを含んだような表情で窓の外を見ながら曲を聴くこずえに、 真はしばし見とれていた。
こずえの表情の美しさだけではない。 そこには、 彼女の誰にも見せるつもりの無いであろう姿を密かに見ている背徳感もあった。
が、 流石にしばらく見ていると真は我に帰った。
どうも先輩はしばらくここを出るつもりは無さそうだし、 自分もいつまでも隠れていてもキリが無い。
ここは意を決して出るしか無いと思い、 真はタオルで髪の毛を拭いて立ち上がった。
「すみません、 先輩」
「えっ、 えっ、 鹿野君? 何してんの、 こんな所で?」
流石のこずえも、 戸惑った表情で言った。
「ここに隠れて濡れた服を替えてたら先輩が来やはって、 それで悪いと思ったんスけど、 何か出て行きづらくなってここにいたんス……」
こずえの姿をこっそり見ていたのを隠すように真は言った。
「……今の曲も聞いてたん?」
真がこくりと頷くとこずえは一瞬恥ずかしそうな表情を浮かべたが、 先輩の矜持かすぐに立ち直り、
「……そう。 鹿野君には先輩としてかっこ悪いトコ見せてもうたかな」
と言った。
「そ、 そんな事ないっス」
と慌てて否定した所で、 真は件の曲名を思い出した。
エリック・サティのジムノペディ。
「先輩はジムノペディ好きなんスか?」
と真は聞いた。
「……まあね。 昔ピアノやってた時よく弾いてた曲やし」
「えっ、 先輩ピアノとかやってはったんスか」
こずえと出合って約半年になる真だったが、 その事は知らなかった。
「そやで。 鹿野君には言うてへんかったかな」
ジムノペディに一体どんな思い入れがあるのか気になった真だったが、 先のこずえの憂いを含んだ表情を思い出して聞くのをやめた。
もしかしたら何か悲しい思い出があるのかも知れない。
……でも、 いつかは先輩のすべてを受け止められるような男になりたい。 そう、 真は心の中で思った。
「それにしても、 鹿野君もすっかり硬くなってきたみたいやね」
と、 こずえは言った。
「えっ?? 硬くなってきたって、 ナニが、 いや何がっスか」
と戸惑う真だったがこずえは、
「? いや、 指のことやけど……」
と、 真の手を見て言った。
「あ、そっスか……」
と、 真は言った。 最初の頃はしょっちゅう皮がめくれていた彼の指も、 連日のギターの練習で見違えるように皮が硬くなっていた。
「えらい頑張って練習してるみたいやね。 結局、 Fコードもマスターしたみたいやし。 凄いわ鹿野君」
「……そりゃ、 文化祭で先輩に最高の演奏を見せたいっスから……」
こずえに見られるとドギマギしてしまうのは相変わらずだっだが、 真は力強く言い切った。 そこには、 彼の確かな成長があった。
「頼むで、 期待の後輩っ」
と、 こずえは真の背中を叩いた。
そのこずえの顔が、夕陽に照らされて鮮やかに浮かび上がる。
いつの間にか、 雨はすっかり上がっていた。
―――きっと、 先輩は今日みたいにまだ俺の知らない面をいくつも持ってるんやろうな、 と真は思う。
もっと知りたい、 全部知りたい。
そのためには―――
決まっている。 文化祭で最高の演奏をして、 先輩に見合うような男になって、 想いを伝えるのだ。 そして……
「マジで、 文化祭では最高の演奏をするから見てて下さい」
と改めてこずえの目を見ながら真は言った。
「うん。 じゃあ、 私も自分らのバンドの練習があるから帰るな」
と微笑みながら言ってこずえは帰って行った。
きっと、 文化祭が「軽音楽部員」としても、 「男」としても、 一世一代の舞台になる―――。
そう、 真は拳に力を込めた。
*
*
*
告白なんて、 別にライブに関係無くすればいいのに、 「先輩に格好いい姿を見せられるようになりたい」か―――
男の子やねえ、 鹿野君。
と、 こずえは帰路に付きながら思った。
でも、 そのためにあれだけ頑張れるのは、 そう誰にでも出来る事ちゃうよ、 と思う。
最近はこずえも、 真に対して頼もしさを感じることが増えてきた。
それは、 「後輩」としてなのか、 それとも―――
文化祭には、 答えを出さなアカンやろうなと、 こずえは思った。
(つづく)
「この前は腕の筋肉を見られて」→♯12「夏の足音」
「Fコードもマスターしたみたいやし」→♯10「ある日の彼ら」




