#5 鹿野真の冒険
今回の中心人物→旋一、謙司、真
その日の放課後、 旋一は謙司を連れて、 桜野坂駅前にある某オシャレカフェに足を運んでいた。
きっかけは、 「高校生なんやし、制服で喫茶店に入ったら大人っぽいやろ?」という旋一のいつもの思い付きだったのだが。
「エスプレッソとか何なん? コーヒーの種類って、 ホットコーヒーとアイスコーヒーだけとちゃうん? てかラテって何やねん。 普通にカフェオレって書いたらええやん」
大人びたジャズの流れる店の中、 テーブルにあるメニューを見ながら旋一は格闘していた。 外でコーヒーを飲んだ事と言えば、 精々、 蓬ヶ丘のショッピングモールのイートインコーナーくらいでしか無かった旋一にとってオシャレカフェのメニューは異世界の呪文に等しいものがあった。
「ええからさっさと注文しろや」
「大体、 ショートとかトールとか何なん? コーヒーのサイズなんて、別に大中小でええやん」
「ええ加減にせんと、 怒られるぞ……色々と」
謙司は、 痺れを切らしたようにカウンターに行って「ブレンドコーヒー二つ、 あとパンケーキ」と注文してテーブルに座ると、 慣れた手付きでナイフを使ってパンケーキを切り分けていった。
「って、 お前なんでそんな上手いねん」
「まあ、 こっちは後援者との付き合いとかもあるからな……」
「クッソ、 俺も女子と一緒にここに来た時のためにメニューの種類覚えたる」
そう言って、 旋一はメニュー表と睨み合い始めた。
(それがここに来た狙いか……)と謙司が思った時、 二人の耳に聞き覚えのあるやや甲高い声が届いた。
「エ、 エスプレッsオひとつ……」
二人が振り向くと、 高校の制服に「着られている」ようにさえ見える小柄な体が立っていた。
「あいつって、 あの軽音にいた……」
「ああ、 鹿野やな」
真が注文を終えて席へ戻ろうとすると、 「よう」と旋一が肩を叩いた。
「げっ、 お前は……」
真は旋一の姿に気づくと一瞬慌てた表情を浮かべたが、 すぐに気をとり直して精いっぱいクールな表情を作った。
「誰かと思ったら、 あの時部活来てた奴か。 何か用か?」
「いや、 もうバレとるから。 無理してカッコつけんなや」
旋一はそう言うと、 真に自分たちと同じ席に向かうように促した。
真は今の格好悪い姿をバラされたらどうしようとでも言うように不安そうな目を浮かべながら、 しぶしぶと従った。
謙司はとりあえず様子を見ることにした。 相変わらず旋一が何を考えているかはよく分からないが、 とりあえず悪いようにはしないだろうという直感はあったのだ。
「言うか、 お前彼女とかおらへんのやろ」
旋一の言葉に、 真がギクリとしたような表情を浮かべる。
「やっぱ図星か。 まあ、 放課後にこんな所に一人で来てあんなたどたどしい注文するくらいやからそうやと思ったけど」
「……」
「学校であんなクールぶってんの、 何か理由がありそうやな。 もしアレやったら、 過去の恋愛経験から俺がアドバイスしたんぞ」
謙司は口に含んでいたコーヒーを吹き出しそうになるのを必死に堪えた。
「今日の事を学校の連中にバラしたりせんのか?」
「アホ、 誰がするか」
「実は……」
(本当に話すんかい……)と謙司が思う間に、 真は話し始めた。
「俺の家って山の奥の方にあるねんけど、 子供の頃から周りに女子って言うたら、 兄弟みたいにずっとベタベタしてた奴しかおらへんかった。 やから中学に上がって沢山の女子がいるところに出ると、 慣れてへんから何も出来んくなってもうて、それでなんとか女子に慣れようと吹部に入って。 で、 三年間やった結果……何とか、 目を逸らさずに女子と話せるくらいにはなった」
旋一と謙司は顔を見合わせた。 互いの顔には、「コイツ、 何か思った以上にアカンくないか?」と書かれていた。
「しかも、 俺ってこんなナリやから、 昔から女子に子供っぽく見られやすくて……それが、 悔しかってん」
真の幼さの残る顔に熱気がこもる。
「それで、 高校に入っても相変わらず女子との関わり方はよく分からんで、 もう格好悪いとこ見せたくないから、 女子との関わりを避けるようになってもうた。 でも、 ホンマは俺かて格好良く女子とこんな店に来たいねん。 だから、 今日こうして練習しに来てたんや」
真は吹奏楽部で鍛えた肺活量で言い切った。 店内の喧騒や音楽で聞こえにくくなっているとは言え、 その声はそれなりに響いていたが、 旋一は臆することなく、
「いや、 分かるぞ、 女子の前でええカッコしたいその気持ち」
と、 真の肩を叩いて言った。
「ホンマか?」
「ああ。 ええか、 お前に必要なんは、 場数を踏むことやねん」
「場数?」
「そうや。 お前は、 もっと女子と関わる経験を積んで、 その初登場時のヤ○チャ並の状態を直さなあかん。 そこでや。 俺たちは、蓬ヶ丘の皆でこの街を探求しようとしてる。 俺たちについて来たら、大京の女子と関わる経験も積めるぞ。 そんで、もっと大人の男になって高校の女子と関わればええやん」
「……」
「そうしたら、 あの軽音の女の先輩にももっと頼って貰えんぞ」
「#%?&……って、 何を言うとんねんお前h」
真は少し顔を赤らめながら言った。
「で、 お前は女ウケがええ事には違いないわけやから、 お前と一緒にいれば俺も女子と知り合える機会が増える。 どや? ウィンウィンやろ」
(まあ、 そっちの方を狙って真に近づいたんやろうな……)と謙司は思った。
「もう一回聞くけど、 ホンマに学校の奴には今日の事言わへんのやな?」
「ああ、男に二言はあらへん」
そう力強く言い切った旋一に続くように謙司も言う。
「大丈夫や。 こいつは仲間を裏切ったりするような奴ちゃうから(自分のためでもあるし……)」
それを聞いて安心したのかこれからの期待に胸を膨らませているのか、 真は少し顔を綻ばせた。
「じゃあ、 俺も仲間に入らせてもらうわ。まあ、 俺は軽音もあるから都合がつかん事もあるかもしれんけど」
「おう。 そう言えば名前まだ言ってへんかったな。 俺は犬塚旋一。 女子からは旋ちゃんって呼ばれてる」
「ホンマか」
(信じるんか……)と謙司は思いつつも、 この先にはきっと賑やかな日々が待ち受けているだろうな、 という事だけは確信していた。
暗く、 霧がかかったように先が見えなかった自分の高校生活が、 この所少しずつ鮮やかに色づき始めている。 そして、 その中心には常に旋一がいるのだ。
「これで4人になったことやし、 ここらへんで活動の拠点が欲しいな」
「拠点て。 別に、 その日に合わせて変えてもよくないか?連絡はメールで出来るんやし」
旋一の言葉に謙司がもっともな指摘をしたが、 旋一は、
「ちゃうねん、 何かこう秘密の場所から出ていく方が盛り上がるやろ?」
と譲らなかった。
「そうか、 こいつは形から入るタイプか……」
「ああ、 その通りや」
と、 真と謙司は呟いた。
(つづく)
貫太が欠席している理由はいずれ明かすと思います(大した理由ではありませんが)。