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#44 僕のスタートライン① 決意

今回から体育祭編が始まります。全4回くらいの予定です。


今回の中心人物→淳太朗、謙司、貫太

 桜野高校にも体育祭の時期が近づいてきた。

 体育祭に燃える者は、 その力を示せるであろう時を今か今かと待ち望んでいた。

 もっともそういった者たちだけではない。 高校生にもなってそんな物に興味は無いという生徒、 体育祭を忌避する運動の苦手な生徒、 体育祭ごときに本気を出す気のない運動部の生徒もそれなりにおり、 校内は体育祭に積極的な生徒とそうでない生徒に大きく分かれていた。

 そして、 「彼」の周りにいるのは後者だった。


 この日、 夏風邪で学校を休んでいた淳太朗は三日振りに学校に来ていた。

 淳太朗が教室に入ると、 杏香が相変わらず退屈そうに椅子に座っていた。

 三日振りに見たその横顔は、 淳太朗の胸をドキリとさせた。

 あの夜の出来事があってからも、 淳太朗は今までと同じく、ほとんど杏香と言葉を交わすことは無かった(そもそもが、 あまりクラスメイトと言葉を交わすことの無い二人である)。

 だが、 クラスメイトのほとんどが知らないであろう杏香の一面を知った淳太朗にとっては、 その長い髪も、 スラリと伸びた手足も、 もはや今まで見ていたそれとは違って見えていた。


 しかし同時にあの夜以来、 杏香の「みっともない」という言葉が呪いのように淳太朗にこびり付いてもいた。

「みんなと同じ事が出来ない自分」という現実から淳太朗が逃げ込んだ「自分は他の者と違う、 特別な存在」という砦。

 だが、 それは杏香という、 本当の意味で特別な存在になろうと戦っている者の前で脆くも崩れ去り、 中にいた「格好悪い自分」は白日の下に晒された。

 しかし、 それでもなお淳太朗は、 どうすればそんな自分を変えられるのか分からずに立ちすくんでいた。

 そして、 問題はその日終わりのHR後に起こった。



 淳太朗が教室を後にする杏香に続くように席を立とうとすると、 担任の教師が、


「あ、 そうそう羊田、 今度の体育祭でクラス対抗リレーの選手をやってくれへんか?」


 と声を掛けてきた。

 事態を飲み込めない淳太朗に向かって担任は、


「昨日選手を決めてたんやけど、 やる気のある生徒が少なくて最後の一人が決まらへんでなあ。 君やったら、 真面目に走ってくれるやろからええかと思ったんやけど」


 と言った。

 突然の事に現実を受け入れるまで時間が掛かったのに加え、 淳太朗は基本的に頼まれると断りづらい性格である。


「ええと……」


 と答えあぐねたあげく、 ようやく「僕は無理で……」と言い掛けた所で、 担任は「じゃあ、 先生は職員室に行かんとあかんから」と言って去っていった。


 淳太朗は困惑しながら「拠点」へと歩いていた。

 徒競走でもいつもビリだった自分がリレーの選手に? しかも、 相手にはきっと運動部にいたり運動の得意な生徒もいるのに?

 淳太朗の頭に、 上手く走れなくて大勢の者が見ている前で恥をかくビジョンが浮かんでくる。


(絶対無理や……)


 それでも、 皆に相談したら何か解決策を見いだせるかも知れない。 そう望みを託して、 淳太朗は教室の扉に手を掛けた。


 淳太朗が教室の扉を開けると、 中には旋一、 謙司、 真がいた。


 かつて無かったほど暗い表情をしている淳太朗に旋一は、


「どうした? 何かあったん?」


 と声を掛けた。


「今日帰る時に、 先生に体育祭のリレーの選手になれって言われて、 僕は走るんはクラスでもトップクラスに遅いくらいやのに、 どうしよう……」


 かなり雑な説明だが、 旋一はそれを聞いて「うーん、 先生も勝負を投げはったな……」と言った。

 謙司が「失礼な事言うなや……」と言う中、 さらに旋一は続けた。


「でも、 まあええやん。 一応期待はされてるって事なんやし、 本番でバーっと走って期待に応えて皆をビックリさせてやろうや」

「何言うてんの……?」


 走るのを回避するアドバイスを期待していた淳太朗は怪訝な表情をしたが旋一は気にもとめず、


「大丈夫やって。 今からメッチャ練習すれば何とかなる! たぶん!」


 と言った。


「そうや。 お前はあのラジオドラマの時かて結局最後はやり遂げたんやから、 今度もやれるだけやってみたらええと思うぞ」

「謙司まで……。 今度はあの時よりずっと見る人多いんやで? 無理や」


 とさらに抵抗した。

 それを見た真は、


「付き合いきれんわ。 ええ加減、 自分に出来ひんっぽい事があったらすぐに逃げんのやめたら?」


 と言って教室を出ていった。

 それを見た淳太朗は、


「もうええよ……。 どうせ運動の出来る人には、 毎回周りの()()()との差を見せつけられてどんどん傷付いていく気持ちなんて分からへんのや。 やっぱ、 自分で職員室に行って無理やって言うてくる」


 と言って教室を出ようとしたが、 旋一が「まあまあ、 落ち付けって」


 と、 その腕を掴んだ。

 それでも必死に抵抗していた淳太朗の、 筋肉の1ミリも無いようなか細くも柔らかい腕に触れた旋一は、 少し引いたように「え……? 淳太朗、 力入れてこれ……?」と言った。

 それを聞いた謙司が、


「自分で淳太朗を励ましておいて流れを変えんなや」


 と旋一にチョップを見舞う。

 そして続けて、


「……でも淳太朗、 俺も人の事は言えへんけど、 やっぱり傷つく事から逃げてばかりいるのは良くないと思う。 俺も、 親父の薦めた学校を断るのは怖かった。 でも、 それでも親に勇気を出して自分の気持ちを伝えてこの学校に来た。 それでお前たちとも出会えたんや」


 と言った。


 ―――そうか。 僕は()()逃げようとしてるんやな。

 と、 淳太朗は気付いた。

 彼の心に、 杏香の「苦手な事から逃げてる自分を一番格好悪いと思ってるのはあなた自身でしょ」という言葉が蘇ってくる。

 人に負けて傷つくのを恐れて、 挑戦する事にも、 努力する事にも、 悔しいという気持ちにすらも蓋をしてきた。


 でも、 そろそろ自分の気持ちを誤魔化すのはやめにしないか?

 マイナーな本とか映画とか、 「普通の高校生のしなさそうな事をしてる自分」に逃げるのは、 本当は周りの皆に出来る事が自分に出来ないのがどうしようも無く悔しいからだろ?

 …………何より、 大上さんに格好悪いと思われたままじゃ嫌なんだろう?

 ―――なら、 今踏み出せ。


 そう、 心の声が聞こえてきた気がした。

 淳太朗は手を降ろし、


「やっぱり、 先生に言いに行くのはやめる。 自分に出来るのかどうか分からへんけど、 もう苦手な事から逃げたままでいるのは嫌や……」


 と言った。


「へへっ、 そう来んとな。 じゃあ早速練習やな。 ……でも、 練習ってどうすんねや」


 と旋一が言うと、


「ノープランかい……そうやろうなと思ったけど。 ……そうや、 貫太に頼んでみるって言うのはどうやろう。あいつに追いかけられた事あったけど凄く足早かったし。 まあ野球やってたんなら、 走りの練習もするやろうしな」


 と謙司は提案した。

 それを聞いた淳太朗の中に、 過去の体育の授業や遊びでの、 「運動のできる子」の冷ややかな視線が甦ってくる。

 その不安気な表情に、「ん、 どうした?」と言う謙司に向かって淳太朗は言った。


「……貫太みたいな人がこんな運動のできん奴の頼みを聞いてくれるかな……。 気にしすぎかも知れへんけど……」

「……俺の剣道の先生が言うてはったんやけど、 己の弱さと向き合うって言う事は、 自分の弱さをさらけ出すリスクを負うってことやから、 怖くて当然やねん。 でも、 本当に強くなるためにはそこを乗り越えないといけない事もあるって」

「うん……」

「そもそも、 貫太(あいつ)ならそんな心配要らんと思うぞ。 ……多分」

「……うん。 そうやなきっと」


 と淳太朗は頷いた。 それを見た旋一は、


「よっしゃ、 やったら早速貫太に聞いてみんぞ」


 と、 スマホを取り出した。



「……事情は分かったけど、 淳太朗と俺のクラスは敵同士やぞ」


 と、 「拠点」に呼び出された貫太は言った。


「でも、 お前もここに来たっていう事は満更でもないんやろ?」


 そう謙司が言うと、 図星を突かれたとばかりに貫太は、


「……まあ、 真面目に体育祭やろうって言う奴があんま()らんで張り合いが無かったのも確かやけどな」


 と言った。


「でも、 お前は気合入れて運動するようなタイプとちゃうやろ。 何かあったんか?」


 と貫太が淳太朗に聞くと、


「まあ、 コイツにも色々あるんやろ……」


 と言おうとする旋一を遮って淳太朗は、


「もう、 『出来ひんかもしれん事』から逃げたくないんや……だから、 練習付けてほしい」


 と言った。


 その表情を見た貫太は、


「やる気があるんは分かった。 一応参考までに聞いとくけど、 50M走のタイムってどれくらいや?」


 と言った。

 淳太朗はギクリとした。 だが、 そこで謙司に言われた言葉を思い出した。

 ―――自分の弱さと向き合うのは怖いけど、 それを乗り越えないといけない事もある。


「き、 9.5秒……」


 と淳太朗は答えた。 それを聞いた貫太は、


「9.5秒か……これはかなり本腰を入れんとあかんな。 まあええ。 『友達(ダチ)』の頼みやからな。 その代わり、 やる以上は本気やぞ」


 と真剣な表情で答えた。


「う……うん!」


 旋一と謙司が顔を見合わせて微笑む中、 淳太朗は答えた。

 そして、 場所を学校近くの広めの公園に移して、 早速練習が始まったのだった。

(つづく)

「あのラジオドラマの時かて」→#14「僕らの声が繋がる時②」


「あいつに追いかけられた時事あったけど」→#24「虎の子の憂鬱②」

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