#41 ある日の彼ら〜Typhoon Side〜
今回の中心人物→5人全員
「なあ、 学校も無くなったんやし俺らで遊ばへん?」
風が窓を揺らす中、 謙司のスマホから旋一の声が聞こえてきた。
「お前なあ……。 これから風ももっと強くなってくるんやし、 家で大人しくしてろや」
「でも、 クラスには今日も皆で集まって遊ぶって言う奴らもいんぞ。 せっかく学校も無いのに、 俺らもずっと家にいるのはつまらんやろ」
「そんな事言うて、 お前は小学校でも台風の時にハンググライダーごっことかやってメチャクチャ怒られてたやろ」
そう謙司は言った。
9月中旬のこの日、 近畿地方には台風の接近が発表されて、 桜野高校は交通機関の乱れの可能性を考えて早々に休校を決めた。
とは言え、 大京市の生徒ならば交通機関が動く限りは電車に乗って近場に遊びに行く事もできたし、 旋一の言う通り実際にそうする者たちもいた。
だが、 鉄道路線は一本しか無く、 なおかつ山で囲まれた蓬ヶ丘市は電車が止まると大京市と行き来する手段が車しか無くなってしまう。
それを考えると、 さすがの旋一もおいそれと大京市まで遊びには行けず、 無謀にもせめて謙司を誘って家で遊ぼうと試みたのだった。
「とにかく、 俺は勉強とかで忙しいから。 あんまり他の連中にも迷惑掛けんなや」
そう言って、 謙司はスマホの通話ボタンを切った。通話が切れる前に、 スマホの向こうからかすかに旋一の「この真面目君が……」と言う声が聞こえた気がした……
机に向かいながら、 謙司は(まあ、 友達に会うために学校に行ってるような旋一にしてみたら、 友達と会えへん今の状況はキツいやろな……)
と思った。
それでは自分はどうか?
中学の頃までなら、 それこそ学校が休校になったこの状況を「その分集中して勉強出来て良かった」などと考えていたかもしれない。
だが今は。「せっかくだからこの機会に勉強しよう」と考えている事は確かだが、 それ以上に学校に行けない残念さの方が勝っていた。
「同盟」の皆をはじめ、 高校で出来た友達のおかげでいつの間にか自分にとって学校はただ「勉強するだけの場所」では無くなってたんやな、 と謙司は思った。
―――そんな事を考えながら誰もいない部屋を見ていると、寂しさが募ってきた。
父はこんな日でも、 市会議員として市の見回りの仕事に出ている。
謙司が子供の頃から父はずっとそんな感じだ。
謙司は幼い頃から、 こんな状況を強いられることに寂しさを感じていたが、 父親に対してはもう一つ別の感情もあった。
それは―――あえて言葉にするなら「尊敬」に近いような物だったが、 それを素直に認められるほど、 今の謙司は父の仕事も自分の境遇も受け入れてはいないのだった。
一方その頃。
貫太が部屋で、 やはり学校が休校になったはるかとスマホで電話をしていると廊下の方からけたたましい声が聞こえてきた。
「コラー! この風の中私が帰って来たんやから、 出迎えるぐらいせえや」
貫太が部屋を開けると、 パティシエの専門学校に通っている姉の朝姫がいた。
「ああ、 台風がくるから帰って来てたんか。 ごめん姉貴」
「ごめんとちゃうわ。 あんた、 また例の彼女との話に夢中になってたんやろ」
朝姫は貫太の傍らに置かれたスマホを見て言った。
「あんたなんか、 図体ばかりデカくなって邪魔やし汗臭いしムサ苦しいし、 ええ所言うたら女っ気がない所くらいやったのに……」
姉の理不尽な言葉に貫太は、
(ああ、 姉貴また友達に彼氏の自慢でもされたんやろな……)
と思った。
「……で、 実習で作ったモンやけど良かったら食べる?」
朝姫は話題を切り変えて、 そう言いつつ小さなケーキを差し出した。
はるかとの会話を一旦終了させた後、 貫太は「おう、 有難う姉貴」と言いながらケーキを食べた。
そんな弟の姿を見て朝姫は、
「なんか、 変わったな貫太」
と言った。
「そうか?」
「うん。 あんた中学の頃は、 『そんな菓子を食うくらいやったら、 もっと身体作りに良さそうなモンを食うわ』とか言うてたやろ」
「そうか……そうやったかもな」
と貫太は言った。
確かに中学の頃を思い出してみると、 貫太はこれくらいの台風の時は屋根のある場所に行って普通に練習をしていた。
もちろん今は今で楽しいのだが、 それくらい生活を野球に捧げていた日々が無くなった事に寂しさを感じているのも事実だった。
「まあ、 私の作った菓子を食べてくれるんは嬉しいけどさ、 もっと自分の気持ちに素直になってみたらええんと違う? その立派なガタイも寂しがってるように見えるけどな。 あんまり中途半端やと後で後悔するかもしれへんで?」
そう言って、 朝姫は部屋を出て行った。
「……」
確かに朝姫の言うように、 今も貫太は筋トレや走り込みだけは野球部時代のように続けていた。
それはきっと、 まだ野球への未練を捨て切れてへんからやろうな……と貫太は思う。
まあ、 「はるかを守れるような男になりたい」という思いからでもあったのだけれど。
やがて時間が経ち、 風とともに雨も強まってきた。
真は、 母親とともに地域の避難所である公民館に向かっていた。
山間部にある真の居住区は土砂災害などの危険があるため、 台風や大雨の時はすぐに避難指示が出される。
さすがに避難所までギターを持ってくるわけにも行かず、 真は仕方なくスマホを見る事にした。
しかし、 外の木が風で揺れる音を聞いているうちに、
(もし家が被害を受けたらギターはどうなってまうんや……)だとか(もし土砂崩れとか起きて道が塞がれたら、 学校にはどうやって行くんや? いや、 学校には行けるやろけど利栖先輩に会える時間は確実に減るやろ……)などという不安が募ってくる。
真は不安をかき消すように、 イヤホンを耳に挿して文化祭で演奏する曲のデモ音源を聴くことにした。
曲を聞きながら真は、
(避難所もだんだん寂しくなってきたな……)
と思った。
少し前までは、 こう言う時は周りに兄もいた。 年上の友達もいた。 そして、 七実もいた。
その一方で、 真の小学生の頃と比べても地域の子供の数は減っていた。
そういう自分も、 きっとあと三年もすればこの山奥の生まれ故郷を出ているのだろう。
その時、利栖先輩が隣にいてほしい……と真は思った。
やがて、 さらに時間は過ぎて雨風ともにより強まってきた。
団地の一室の中、 淳太朗は以前録画していた映画を観終えて、 台所にジュースを取りに行った。 次に観る、 TVの映画番組に備えるためだった。
いくら淳太朗と言えども平日は勉強に追われて映画を観る時間はそうそう無いし、 休日も、 最近は旋一たちの計画に駆り出される事も増えてきた。
なので、 この日は彼にとって心ゆくまで(家で)映画を観られる貴重な日となったのだった。
台所に行くと、 隣のリビングのTVで母・真知子と妹・芽衣が台風のニュースを観ていた。 その画面の端はL字のラインで縁取られていた。
(映画もL字かあ……)
と淳太朗が思っていると、 そこに映し出されたテロップは、 最寄りの鉄道路線が運転見合わせを決めたことを告げた。
車以外では蓬ヶ丘を出られなくなったのだ。
小中学生の頃はそれほどは感じなかったが、 高校に入り電車で通学するようになった淳太朗は、 蓬ヶ丘に「取り残されている」という感覚を覚えた。
もっとも、その感覚は彼にとって必ずしも苦しいものでは無かった。
(何か昔の映画みたいや……)
などと淳太朗が考えていると真知子が、
「これは今日はお父さん帰ってこれへんねえ……」
と言った。
それを聞いた芽衣が、
「お父さん帰って来いひんの……?」
と寂し気に言った。
明るく快活に見える芽衣も、 実際はまだ11歳の女の子である。
振り返ると、 自分もそれくらいの歳の頃は「夜になっても家族が揃わない」という状況に寂しさを感じていた気がする。
それを思い出した淳太朗は芽衣のそばに寄り、
「大丈夫やから…」
と勇気付けた。
謙司に電話を掛け終わってから数時間後。
こんな天気の中ではもはや一緒に遊ぶ友達もおらず、 大京市でやっていたコンビニのバイトも中止になり、 旋一は家の中にいた。
と言っても、 暇をもて余すような余裕は旋一には無かったし、 彼自身も暇になるような事は望んでいなかった。
同じく学校を休んでいた弟妹や、 祖母・一枝たちと喋ったりゲームをしたりしていると、 時間はあっという間に過ぎていった。
そうしていると、 店の方から音が聞こえてきた。
こんな天気でも、 両親はぎりぎりまで店を開けて作業をしている。
旋一は、 ずっとそんな両親の背中を見て育ってきた。
例え構ってくれなくても、 旋一はそんな親を素直に凄いと思っていた。
まだ具体的に店を継ぐような事はイメージできなかったが、 彼らのように自分たちの居場所を守れるような大人になりたいという思いはあった。
旋一は店の方に出て行くと、 働く両親の背中を見ながら、
(やっぱり、 格好ええな…)
と思った。
(つづく)
「昔の映画」=『台風クラブ』。
あくまでもフィクションですので…。台風で警報が出ているような時は不要不急の外出は控えましょう。




