#4 彼は名探偵?
今回の中心人物→謙司、旋一
その日の朝、 旋一は日直という事で先に学校に行っていて、 謙司は一人で電車に乗り込んでいた。
ふと、 スマホに振動を感じて見てみると、 メールボックスに旋一からのメールが届けられていた。
いくら旋一と言えど、 こんな時間にメールを送ってくることは珍しい。 何事かと思って開いてみて、 謙司は目を丸くした。
[ka かみ えた]
(……何やこれは。 暗号?)
そう思う間に、 電車はトンネルに入った。 スマホは、 当たり前のように電波が届かなくなった事を知らせた。
スマホを見ながら険しい顔をしている謙司に、 隣駅で乗り込んだ貫太が話しかけてきた。
「どうしたんや? 朝から難しい顔して」
謙司はスマホの画面を見せた。
「これは……何か謎掛けでもして遊んでるんと違うか? 犬塚なら、 いかにもそんな事考えそうやん」
「うーん、 そうかな……。 あと、 あいつの事は『旋一』でええよ。 あいつ、 すぐに友達の事を下の名前で呼ぶから、 自然と下の名前で呼び合うようになってしまうねん」
「ふーん。 言うか、 気になるんやったら返信してみたらええんと違うか?」
すでにトンネルは抜けていた。貫太はそう言ったが、 謙司は絶対に自力で解き明かして見せるとでも言いたげに必死に文章と睨み合っていた。 謙司は、 旋一に関する事になるととことんムキになる面があるのだった。
謙司は考えた。
確かに、 今までにも旋一は悪意のないイタズラのような事をしてきた事はあった。 だが、 それらはいずれも物理的なものだった。 高校生になったからと言って、 まるで猿が人間に進化したかのように急に頭脳的な遊びを仕掛けてくるだろうか?
そんな謙司と貫太に、 同じ車両に乗り合わせた女子学生がチラチラとした視線を向ける。
二人とも地元ではそこそこ知られた存在である。 そうでなくとも、一応はイケメンに類する男子と高一離れした逞しい体躯の持ち主のコンビは、 周りの注目を集めるのも無理のない事と言えた。
(トンネル……女子……)
何かが引っ掛かるような気がしたが、 結局、 決定的な手掛りは見つけられないまま電車は学校の最寄りの駅の桜野坂に着いた。
「まあ、 あんまり考えすぎん方がええと思うぞ。他人 の心の中なんてそうそう分からんもんやしな。 特にあんなブッ飛んでる奴は」
電車を降りてもなお考え続ける謙司に向かって、 貫太が声を掛けた。
やがて学校に着き、 貫太と別れると、 謙司は教室へと向かった。
「虎井くん、 今日は一人なん?」
結局謎は解けないまま教室の前にたどり着こうとした時、 クラスの女子の椛島さやかが話しかけてきたが、 謙司はいつもの様に「ああ、 そうやけど……」と素っ気なく返した。
(あれ? そう言えば……)
彼女の髪型が変わっている気がする。 確かに、 昨日までは三編みのおさげだったのだが、 今日はロングヘアに変わっていた。
それを見て、 謙司の中で歯車が噛み合った。
椛島への挨拶もそこそこに、 謙司は勢いよく教室の扉を開けた。
「あ、 謙司メール見てくれた?」
黒板の前にいた旋一が出し抜けに言った。
「見てくれた? と違う。 怪物に襲われて死にかけてる奴でももっとまともな文章書くわ。 『ka』は椛島さんの事で、 『かみえた』は髪型変えたって事か。 言うか、 何で最初と最後の部分だけ書くねん」
「それはホラ、 いつも乗ってる電車やったらもうトンネルに入る時間やん? メールが届かんようになるから、 とりあえず結論だけ書いて送ったろうと思って」
「それならそうと、 トンネル出てから送り直したらええやろ」
「でも日直の用事があったから……」
「大体、 わざわざメール送るような事か?」と謙司が言おうとした時、 にわかに周囲がざわついた。
「凄いな、 虎井君」
「え、何が……?」
「旋一の書くメールの事そんなに分かるなんて」
「俺も、 前こいつに同じようなメール送られた事あるわ」
そう男子生徒たちが口々に声を上げる。
「お前なあ……」
そう旋一を睨んだ謙司に向かって、 男子生徒のひとりが「そうや。 メール交換せえへん? 旋一と虎井君と一緒に遊んだら楽しそうや」と言った。
戸惑いつつも謙司は、 父親のことも家柄のことも無しに同級生と通じ合っていることにある種の高揚感と暖かみのような物を感じた。 それは、 高校に入ってから……いや、 それ以前も含めても、 旋一といる時以外はわずかしか感じたことのない感情だった。
「そう、 コイツ真面目でガリ勉っぽいけどホンマは面白い奴やねん」
そう言って笑う旋一を見て謙司は思った。
(もしかして、 こうなる事を予想してわざとあのメールを出したんか……?)
貫太の「他人の心の中なんてそうそう分からんもんやしな」という言葉が謙司の脳裏に蘇る。
(まさか、 な……)
と謙司は思った。
(つづく)