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#31 真夏の夜の冒険・序章

今回の中心人物→貫太

 飛び込んできた速球に向けて、 貫太が勢いよくバットを振った。

 快音と共にバットがボールをジャストミートすると、 ボールは遠くネットに吸い込まれていく。

 ……と言ってもここはグラウンドではない。 夜のバッティングセンターである。


「おう、 相変わらず飛ばすなあ」


 並の高一では打ち返せないような速球を打つ貫太に、 驚きもせず声を掛けたのは貫太の中学時代の野球部主将であり、 今は貫太と別の高校の野球部に所属する雉村広海(きじむらひろみ)だった。


「こんな夜に呼び出して悪かったな。 野球部に入ってへんと暇かなと思って。 ちょっとでも楽しんでくれてたらええんやけど」

「いや、 十分楽しいわ。 中学の頃ここで練習しとったん思い出すな」


 広海は貫太の目から見て突出した野球の才能があるわけではなかったが、 明るくて面倒見が良く、 何より野球が好きだったので慕う部員は少なくなかった。

 そして、 貫太もその一人だったのである。


「……で? 退屈しのぎさせるためにわざわざこんな時間に呼び出したんと違うんやろ?」


 休憩スペースでジュースを飲みながら貫太は言った。


「……おう。 その、 お前に謝りたいことがあってな」

「?」

「中学の頃にお前と監督が揉めた時、 あまりお前の力になってやれなくて悪かったな。 お前が高校で野球続けんようになったん、 もしかしたら俺のせいもあるんかもなって……」

「……」


 突出した能力を持つ者が、 必ずしも万人から好かれるとは限らない。

 一年の頃から目覚ましい活躍をしていた貫太も少なからず他の部員たちから疎まれており、 彼と監督が対立した時はこの時とばかり監督の肩を持つ者もいたのである。

 選手としても人間としても貫太に目を掛けていた広海は、 本当はずっと貫太の味方でありたかったに違いない。

 しかし、 主将である以上はチーム全体の事を考えて行動しないといけない。 そんな彼の立場を理解出来ないほど、 貫太は子供ではなかった。

 むしろ、 自分の立場を言い訳にせずに素直に謝れるだけ大した奴や、 と貫太は思った。


「もう過ぎたことや。 それに、 高校で野球部に入らへん事を決めたんは俺やしな。 お前が気にすることは無いっちゅうこっちゃ」


 それを聞いた広海は少しほっとしたように缶コーヒーを飲みながら、 


「そっか……」


 と言った。


「それにしても、 謝るんやったらわざわざバッセン(ここ)まで呼ばんでもええやろ」

「やって、 このほうが俺ららしいやろ」


 と二人は笑ったが、 広海はまた真剣な表情に戻り、


「ところで馬路、 俺が言うのも何やけどもう野球する気はないんか? 今でもあれだけ打てんのに、 なんか勿体無いって思うんやけど」


 と言った。


「……正直に言うたら、 またやりたいって言う気持ちもあるけどな……」

「そっかー。 お前なら、 ブランクがあっても出来るできっと」


 そう言って屈託なく笑う広海の日に焼けた顔と、 マメの出来た手を貫太は見た。

 名門でも強豪でもないが、 広海は高校に入っても野球を続けている。

 今日のように中学時代の事にケジメをつけて、 また前に進み出している。

 それなのに、 中学時代の事を抱えたまま立ち止まっている自分が、 ひどく格好悪く思えた。


「そういや、 ()()の事はどうなったんや?」


 再び軽い口調に戻り、 小指を立てて広海は聞いた。


「いや、 莵道の事はまあ……卒業してからは……って言うか……」


 それまでと打って変わってしどろもどろになった貫太に、 広海はさらに続けた。


「やったら、 卒業してからは()うてへんのか?」

「いや、 この前一度綾女(あやじょ)の学園祭で会うたけど……」

「回りくどい言い方やけど、 要するに今でもまだ好きってことやんな」

「……おう」


 恥ずかしげに俯きながら貫太は言った。


「やったら、 サプライズや」


 そう言うと、 広海はスマホを取り出して何やら連絡した。

 しばらくすると扉が開いて、 出てきたのは―――はるかだった。

 その姿を見た貫太は、さすがに驚愕して飲んでいたジュースを噴いた。


「久しぶり。 学園祭の時以来やね、 馬路君」

「ゲホッ……ゲホッ……何でお前がここにおんねん」

()()()がここで馬路君と会うって言うLIMEが来たから、 一緒に来させてもうて話が終わるまで待ってたんよ」

「俺ら幼稚園からの付き合いやから、 LIMEで今でもちょくちょく連絡取り合ってるしなー」


 そう広海が口を挟む。


「そうや無くて、 なんでこんな夜にここに来たかって言うことや」

「やって、前に()()()って言うたから来てもええやろ。 明日は部活も無いし……」

「……」

「懐かしいね、 馬路君。 中学の頃ここで練習する時、 時々ウチも一緒やったね。 馬路君まだコーヒー飲めへんねんな、 フフっ」

「うっさいわ……」


 悪態をつきながらも貫太は気付いていた。 はるかがここに来たのは、 彼女もまた中学時代の二人に戻りたがっているからだろうという事を。

 この場所を選んだのも、その頃の二人の思い出がある場所だからだろう。


「まあ、 二学期になったら新人戦があるから、 明後日からはまた練習頑張らんとアカンけどね。 馬路君はどう? 夏休みは何か予定とかあんの?」

「いや、 大した事はないな……」


 また、 さっき広海と話していた時と同じだ。

 はるかも高校で新しい事を始めて、 広海と同じように前に進んでいる。

 それなのに、 時間が止まったように中学の頃の話しか出来ない自分を情けなく思った。


 それにしても。

 微笑みながらラケットを振るジェスチャーをするはるかを見て貫太は思う。

 やっぱり、 何度見ても、 疑いようもなく、 コイツは可愛い。

 このまま俺たちがすれ違ったままなら、 はるかもいずれは高校で別の彼氏を見つけたりするのだろうか。

 やっぱり、 俺ははるかに見合う「彼氏」でいたい。 そう貫太は強く思った。

 そんな自分自身の気持ち、 そして、 ここまで来たはるかの気持ちに応えたい。


 きっとこれが、 俺がはるかや広海のように前に踏み出す一歩目なんや。

 そう貫太は思った。

 そんな彼の気持ちを察したかのように、 広海が貫太に目配せをする。

 貫太はまっすぐにはるかの目を見つめた。 その後ろに、 芹屋(せりや)川の花火大会と書かれたポスターが映る。


「……ここまで来てくれたお前の気持ちに応えられるかは分からへんけど、 今度一緒に花火大会に行かへんか? 久しぶりに二人でや。 ……まあ、 部活の都合が付いたらでええけどな」


 それを聞いたはるかの頬が、 少し嬉しそうに紅潮する。


「うん。 ええよ、 行こ」


 とはるかは返した。


 花火大会。

 それは、 蓬ヶ丘が一年で一番熱くなる日だった。




「お前と監督が揉めた時」→3話「馬路貫太の冒険」参照。

「綾女の学園祭で会うたけど…」→20話「女の園の冒険」参照。






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