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#30 秘密の部屋の二人

今回の中心人物→淳太朗、謙司

 とある夏休みの暑い日。

 淳太朗は朝から図書館のAVブースで映画を観ていた。

 蓬ヶ丘の図書館には本だけではなく映画のソフトも結構あり、 淳太朗も以前からちょくちょく図書館を訪れては映画を観ていたのだ。

 とはいえ新しい映画はあまり置いていなかったが、 それもマイナー作や昔の映画を好む淳太朗には苦にならなかった。


 やがて淳太朗が映画を観終えてAVブースから出ると、 かつて聞いたことのあるような声を耳にした。


(あれは○○君たちや……)


 それは中学時代同じクラスにいた、 彼のあまり親しくない比較的「やんちゃ」なグループに属する男子たちだった。

 本来、 彼らのような者が朝から図書館に来ることはあまりないが、 この日はとても暑く、 手近に冷房に当たれる場所として図書館に入って来たのだった。

 同級生たちが自分の方に近づいて来たのを見て、 淳太朗は反射的に身を隠す場所を探した。

 特に彼らにいじめられたりはしていなかった淳太朗だったが、 彼らのような「陽キャ」に属する同級生に「朝からぼっちで映画を観ている自分」を見られるのは何となく嫌だったのだ。


(そうや、 あそこに行けば……) 


 淳太朗は彼らに背を向けてカウンターに行くと職員に許可を取り、 ある部屋に入った。

 そこは、 郷土資料などを所蔵する資料室だった。

 本来なら通常の利用者は入れないのだが、 中学時代に「地域文化研究部」の活動で郷土資料を調べていた淳太朗は何度かこの資料室を利用していたのだ。


 淳太朗が中にある椅子に腰掛けて彼らをやりすごしていると、 資料の整理をしていた職員の及川(おいかわ)が話し掛けてきた。


「羊田君、 一人でこんな所に来て何かあったん? 君は優しい子やけど大人し過ぎる所があるから、 高校に入っていじめられたりしてへんか心配やな」

「いや、 大丈夫ですよ。 いじめとかは受けてないです」


 淳太朗の言った通りではあるのだが、 実際に中学の同級生たちから身を隠している手前、 心配している及川を見るのは胸が傷んだ。


 やがて時間が経ち、 もう同級生たちがいなくなったかと思って資料室の扉を開けた淳太朗だったが、 部屋の向かいの机を見て目を丸くした。

 何と、 そこには謙司が座っていたのだ。


(何で謙司がここに……?)


 と一瞬驚いたが、 参考書を広げているのを見て、きっと塾が始まるまでここで時間を潰しているんだろうと思った。

 凄いな謙司は、 と淳太朗は思う。 自分も旋一に比べたら勉強に抵抗がない方だけど、ここまで必死にはなれへんな……

 などと考えながら見ていると、 先ほどの同級生たちが現れて、 淳太朗は慌てて身を隠した。

 彼らは謙司を見て、


「夏休みの朝からガリ勉してんぞコイツ」

「どうせ、 ()()()()()()無理矢理受験させられてるんやろ」


 などと言い出した。

 その言葉は明らかに謙司にも届いているはずだが、 謙司は一心不乱に勉強している。

 なんて格好いいんだろう、 と淳太朗は思った。

 だが、 しばらく見ていて淳太朗は、 謙司の参考書のページをめくる手がだんだん早まっている事に気付いた。

 まるで、 勉強に集中することで必死に周囲の声を打ち消そうとしているかのように―――

 違う。 謙司は平気にしているんじゃない。きっと必死に堪えているんだ。 自分が同じ事を言われたらそうするように……

 そう思った時、 淳太朗は資料室を出て「謙司、こっち!」と手を引いて誘った。

 謙司は「淳太朗!?」と戸惑ったものの、 言われるまま淳太朗に付いて行った。


「あいつ、 どこかで見た事あったっけ?」

「……ええと……ホラあれやろ、 地域文化研究部の影薄い奴」


 などと同級生が話す声がわずかに聞こえたが、 淳太朗は無視して謙司と共に資料室に入った。


「淳太朗、ここは……?」


 と戸惑う謙司に向かって淳太朗は、


「ごめん。 余計な事やったかもしれへんけど、 何か謙司見てたらしんどそうやったから……狭いけど、 ここやったら落ち付いて勉強出来るんと違うかなと思って」


 と言った。

 謙司は、


「別に助けてなんかいらんわ……なんて昔なら言ってたかもしれへんけどな。 確かにこっちの方が落ち付けるわ。 ありがとうな淳太朗 」


 と軽く笑いながら言った。

 それを見た淳太朗は少し頬を赤らめた。


「羊田君。 ここは一応、 一般利用者は入れへんから……。 彼は一体……」


 と及川がやってきて淳太朗に声を掛けた。

 ここでこの言葉を言うのは少し照れくさいし、 そもそも言った所で許されるのかも分からなかったが淳太朗は思い切って、


「と、 友達です」


 と答えた。

 及川は少し驚いた表情をしたが、 淳太朗と謙司の表情を見ると少し嬉しそうに、


「良かったねえ羊田君」


 と淳太朗の頭を軽く撫でた。

 及川は「羊田君の事よろしくね」と謙司に頭を下げると、 「はあ……」と戸惑いながら頭を下げる謙司を尻目に奥の本棚へと消えて行った。


 及川が去って行き、 残った淳太朗と謙司は二人で顔を見合わせた。


「この後どうすんの?」


 と淳太朗が言うと謙司は腕時計を見て、


「ああ……せっかくここに連れてきて貰って悪いけど、そろそろ出んと電車に間に合わへんな」


 と言った。


「ええの? まだあいつら居るかもしれへんけど……」

「……大丈夫や。 お前が助けてくれて元気出たしな」


 と謙司は笑った。


「じゃあ僕も玄関まで行くよ」


 自分も同級生たちを避けていた事も忘れて淳太朗は言った。

 そう、 自分もまた、 謙司がいる事によって勇気付られているのだ。

 そんな事を考えながら、 淳太朗は扉に手を掛けた。



 海の家でのバイトを終えた旋一が帰りの電車に乗っていると、 スマホに謙司からのメールが届いた。

 旋一がメールを開くと、


[淳太朗と一緒に撮ったったぞ]


 というコメントとともに、 謙司と淳太朗が並んで微笑む自撮り画像が送りつけられていた。

 それを見た旋一は心の中で呟いた。


(何こいつら俺の()らん間にベタベタしてんねん……)


(つづく)







図書館によっては自習のための利用は禁止の所もあると思いますが、ここは短時間ならOKという設定です。

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