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#3 馬路貫太の冒険

※この作品はコロナ禍の無かった世界線の話です、念のため…

今回の中心人物→旋一、謙司、貫太

 朝、 いつものように旋一は蓬ヶ丘駅から電車に乗り込んだ。

 時には同じ中学の別の友人と一緒にいることもあったが、 多くの場合旋一は謙司と一緒に登校していた。


「今日こそは、 馬路を仲間に入れようと思うねん」


 いつものように、 軽い調子で旋一は言った。

 

「あいつか……」


 あの初めて言葉を交わした日、 冷たく「議員様の息子」と言われた事がずっと謙司の頭の片隅にこびりついていた。

 果たして彼がすんなり仲間になってくれるのか、 なった所で上手くやって行けるのか不安もあったが、 なぜ彼があんな事を言ったのか、 その心の内を探りたい気持ちもあった。

 まあいい。 親父がどうとか関係なく、 一人の人間としてぶつかって行くしかないよなと謙司は腹を括った。

 窓の外の田園には、 「市会議員 虎井けんたろう」と書かれた看板が立て掛けられていた。


 *

 *

 *


 一方その頃、 彼らの話題の的―――馬路貫太(ばじかんた)は、 駅のホームで電車に乗り込もうとしていた。

 貫太は蓬ヶ丘の隣駅である西蓬ヶ丘駅が最寄り駅である。

 あいつ―――虎井謙司は、 ボンボンのくせにこんな普通の公立高に入ってあんなどこの馬の骨か分からない奴とつるんで、 いい身分だなと貫太は思う。

 それが、 半ば八つ当たりのような物だという事は自分でも分かっていた。

 西蓬ヶ丘駅を出ると、 電車はほどなくしてトンネルに入る。 暗闇の中、 窓に映った自分の顔を見ていると、 過去の記憶が甦ってくる。



 小学生の頃から体も大きく力も強かった貫太は、 少年野球チームに入るとすぐに注目の的となった。

 その上、 その素質に胡座をかくことなくチームメイトの誰よりも練習した彼は、 瞬く間に頭角を現していく。

 中学に入ると、 彼は当然のように野球部に入った。 ここでも、 彼はその素質と熱意ですぐにチームの中心になっていく。

 やがて、 二年生にも関わらず彼はエースで四番を任されることになる。

 そんな彼に対して表立って不満を言うものは誰もいなかった。

 誰よりも練習する彼には、 皆何も言えなかったのだ。

 そして、 その頃になると彼は、レベルの高い高校に入って高校野球の頂点を目指したいという思いを抱くようになって行った。


 そんなある日、 彼に向かって監督がある知らせを持ってくる。 大京市にある桃陽館(とうようかん)高校のスカウトが注目していると言うのだ。

 甲子園に何度も出場している名門校である。

 当然、 彼はそれを聞いて狂喜した。 まだ完全に話が付いたわけでは無かったが、 彼の心はほぼ決まっていた。

 小さな町である。 彼の名前は、 学校を越えて市全体に広まりつつあった。


 だが、 その頃から彼は何かがおかしくなって来ていると感じた。 今まで自分に見向きもしなかった教師たちが、 急にちやほやし出すようになった。 監督も、 あからさまに彼を贔屓するようになった。

 そして彼は気づいた。 「周りの大人たちは、この野球部から名門校に進学者を出したという『名誉』が欲しいだけなんだな」と。

 結局、 彼は部活には最後まで真剣に打ち込んだものの、 強豪校への進学の話は断った。

 野球が嫌いになったわけではない。 だが、 監督たちの姿を見ていると、 今まで自分が打ち込んできた「野球」という物が何なのか分からなくなったのだ。


 それまでの中学時代を野球に捧げてきた彼だったが、 部活引退後に受験勉強を始めて桜野高校に進学する。 野球ではまったくの無名校だったがそれでも構わなかった。 むしろ、 それで良かった。

 当然ながら野球部から熱心な勧誘を受けたが、 真剣に上を目指す気のない部でプレイ出来るほど野球に対する思いを割り切れたわけではなかった。

 幸か不幸か、 彼にはそこそこのコミュニケーション能力と「元・野球の有力選手」という話題性があったので、 高校で新しい友達を作るのに苦労はしなかったが、 一緒に野球に情熱を傾けてきた仲間達に比べたら冷めた関係に思えてならなかった……



 そんな事を考えているうちに、 電車は駅に到着した。

 貫太がホームに降り立つと、


「そこの体格のいい君、俺たちの仲間に入らへんか?」


 という声が飛んできた。


「はあ? 虎井……と犬塚?」


 と振り向いた貫太に、 旋一は、


「俺らは、馬路みたいな体力のある奴が仲間に入ってくれたら心強いんや」


 と続けた。

 貫太は、 通訳しろとばかりに隣にいた謙司の方を見た。


「多分、 蓬ヶ丘の連中で作る同盟に加わってくれ……的なことを言おうとしてる」

「同盟? そんなん高校で出来たダチとやってたらええやろ。 俺に構うな」

(ちゃ)うやろ。 小さな街の連中が集まって広い世界に出ていくことにロマンがあんねん」

「話にならんわ」


 そう言って歩き出そうとした貫太を謙司が引き止めた。


「ちょっと待てや。 勝手に親父の事に触れてきて、 自分は何も答えずに逃げて、 それはちょっと()()()()()()んちゃうか?」


 フェアと違う―――その一言は、 ずっとスポーツの世界で生きてきた少年の心をかき乱した。

 いや、 きっかけは何であれとにかく自分の心の内を誰かに話したかったのか、 貫太はさっき考えていたような事を二人に話し出したのだった。


「……でその時、 俺が『野球はチーム皆でやる物なんじゃないんですか』って言ったら、 監督は『甘えるな、強豪校でレギュラーを目指そうと思ったらチームメイトも敵だらけになるんだぞ』って言うて。 本当は、 監督の言う事が正しいことくらい分かってたのにな……()っ」


 貫太が言い終わるやいなや、 旋一は彼の額にデコピンを見舞った。


「分かったフリすんなや。 本当に正しい思うてたら、 この学校に来てたりせえへんやろ。 大体、 ちょっとくらい間違ったからって何が悪いねん。 生きてて、 ずっと正しい答えばかり選べるわけないやろ」

「お前は間違ってばっかやけどな。 ……でも、 何かお前もちょっと俺に似てんな」

「ああ?」

「俺も、 親父の事で色眼鏡で見られるのが嫌でこの学校に来て、 旋一(こいつ)に同盟に誘われた。 まあ、 お前が良かったらやけど、 気持ちの整理が付くまででも仲間に入らへんか? こいつはアホで平気で人の心の中に踏み込んでくるけど、 仲間を見捨てたりするような奴でないことは俺が保証する」

「おい、 誰がアホやねん」

「アホやろ、 お前は」


 貫太は思った。 こいつ()は確かにアホだ。 しかし、 これほど本音でぶつかってくる連中は、 高校に入ってから他にいなかった―――

(いい加減、ウダウダ立ち止まってんのもみっともないわな……)


「よっしゃ」


 急に気合の入った表情になった貫太を見て、 旋一と謙司は顔を見合わせた。


「「それじゃあ……」」

「おう。俺も、お前らの仲間に加わらせてもらうわ。 改めて、 俺は馬路貫太。 よろしく」

「あ、 俺は犬塚旋一。 旋ちゃんって呼n」


 と言いかけた旋一の頭に、 謙司はチョッブを見舞う。


「誰が呼ぶと思ってんねん。 俺は虎井謙司。 ……まあ、今さら言うまでもないと思うけど」


 貫太は吹き出しながらも、


「俺も、 そろそろ前を向いて行きたくなったわ」


 と言った。


「って、 俺たちみんな前向いて歩いとるやん」


 旋一が返した。 すでに、 始業の時間は差し迫っている。


「心の話や。 ずっと前を向いて進んで行ったら、 俺たちの乗る電車みたいに、 いつかトンネルから出る時もあるやろ」


 それを聞いた旋一と謙司が、 顔を見合わせて笑い出す。


「って、 何がおかしいねん」

「いや、 そんなゴリラみたいな体してポエムっぽい事言うねんなーって」


 旋一の言葉に貫太の顔は一瞬赤くなりかけたが、 すぐに体育会系の世界にどっぷり浸かっていた事を全身で主張するように、謙司に勢いよく頭を下げた。

「そや。 仲間になるんやからケジメつけなあかん。 あの時は親父の事を言って悪かったな。 この通りや」

「そ、 そんなに改まらんでも別にええよ。 でも、 なんで親父の仕事の事知ってたんや?」

「そら、 お前が思ってるよりも地元では結構有名やぞお前の事。 大体、 『虎井』なんて名字そうあらへんやろ」


 はっとした表情を浮かべた謙司を見て、 貫太は思わず吹き出した。


「ブハっ、 何や、 お前もしかして結構天然か?」

「う、 うっさいわゴリラ!」


 そう言いつつも吹き出した謙司を見て、 他の二人も笑い出す。

 三人の笑い声が、 朝の通学路に響き渡っていった。

(つづく)


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