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#28 男が階段を登る時①

今回の中心人物→真、旋一

 青い空。 眩しい陽射し。 そして、 水着の男女。

 そう、 ここは紛れもなく海である。


(ついにこの日が来よったな……)


 と、 ペンションの窓から砂浜を眺めながら真は思った。

 真のいる軽音楽部は、 毎年夏休みに防音設備のある海辺のペンションで2泊3日の合宿練習をするのが通例になっている。

 もっとも、 練習はあくまでも目的のひとつ。 例年、 海水浴や花火という練習以外の、 そして合宿ならではのイベントを通して異性の部員と関係を深める、 あわよくばカップル成立に持ち込もうという者が男女問わず後を絶たない。

 そして、 真もその1人なのだった。


(この合宿の期間に、 俺も利栖先輩と付き合うように……いやいやいや、 それは無理でも関係を一歩進めたる……)


 だんだんと弱気になる自分の心から目をそらすように、 真は振り向いた。


「……で、 何でこんな時にお前がいんねん」


 真は、 後ろにいる旋一の方を振り向いて言った。

 旋一は、 情報誌で見つけた海の家の短期バイトに「家の仕事の練習にもなるから」と父親を説得して応募していたのだった。

 もちろん、 その裏には「海に行けば水着の女の子を見たり、 あわよくば知り合いになれるかもしれない」という下心があったのは言うまでもないが。


「……って言うか、 何で同じ海水浴場に来るねん」


 真が突っ込んだ。


「ここが大京から一番近いトコやからしゃあないやろ」

「まあそれは100歩譲って分かるとして、 なんでペンションまで同じやねん」


 半ば呆れたように真は言った。 この大事な時に、 また旋一のナンパごっこに付き合わされる事を真は恐れていたのだ。


「とにかく、 俺は軽音の合宿で来たんや。 余計な事すんなや」

「そんな、 桜高(サクコー)の反○・竹○内と呼ばれた俺らの絆は……」

「誰も呼ばれてへんし、 俺は一人でも大人の階段を登ったるわ」

「どうせ階段落ちやろ……」


 と言う旋一を尻目に、 真は海水浴の準備をするために部屋へと向かった。


 真は部屋で何となく腕立てと腹筋をしてテンションを上げると、 更衣室で水着に着替えてベース担当の鈴木、ドラムス担当の佐原(さわら)と共にビーチに降りたった。

 やがて、 思い思いの水着を着た女子部員、 そして水色のワンピーススタイルの水着に身を包んだこずえが姿を現した。

 その光景のあまりの眩しさに、 3人は灼き尽くされたかのように硬直する。


「俺ら、 軽音に入って良かったな……」

「おう……」


と鈴木と佐原は呟いた。


()()()()、 ここは俺たちに構わず先に行け…… 」

「そうや、 先輩に格好いい所見せるんやろ」


 真のこずえへの想いを知っている(実際は他の多くの部員にも筒抜けだったが)鈴木&佐原が言った。

 そんな二人に背中を押されるようにして真も海に入った……が、 女子と一緒に海水浴をした経験など無いに等しい真はどうしていいか分からなかった。

 とりあえずこずえのいる方に向けて泳ごうとしたものの、 思うように体が進んでいかない。 川遊びで鍛えた泳力と吹奏楽部で培った肺活量を持つ真も、 波のある海で泳いだ経験は乏しいのだった。

 ようやく胸の下あたりまで水のある所に来て真が水面から顔を上げると、 その正面にはこずえの柔らかそうな胸があった。 それを見た真は、 のぼせ上がったようにまた水中に沈んでしまう。


「えっ、 大丈夫鹿野クン?」


 とこずえが言う中、 鈴木と佐原が真を引き上げて行った。

 2人に運ばれながら真は、


(俺の背がもう少し高かったら、 視線が胸に直撃する事もなかったんでは……)


 と思った……


 それから、 真は鈴木たちと普通に海で遊んでいたが、いくらか時間が経った所で三年生たちが「泳ぎは切り上げてビーチボールで遊ぼう」と言い出した。


(来たな。 さっきは上手く行かへんかったけどこっちで挽回や)


 と真は思った。

 一年生たちは、 2チームに分かれてボールを打ち合った。

 真が同じチームにいた佐原に合図を送ると、 佐原は真にトスを送る。 それを格好よく打とうとした……が、 傍らで見ていた水着のこずえに気を取られて、 一瞬手を出すのが遅れてしまう。

 ボールは真の出した手からあらぬ方に飛んでいき、 彼の顔面を直撃した。


(何か、 合宿に来てから一つも上手くいかへんな……)


 パラソルの下で、 顔の回復を待ちながら真は思った。

 そんな彼の頬に、 冷たい感触があった。

 真が振り向くと、 こずえが真の顔にスポーツ飲料のペットボトルを押し付けながら立っていた。


「★※✕▲○!??」


 困惑する真をよそに、 こずえは涼しい顔をして立っている。


「すいません。 俺もう大丈夫っスから……」


 と真は立ち上がろうとしたもののこずえは、


「ううん、 まだ無理せん方がええよ。 顔冷やしとき」


とペットボトルを渡した。


「さっきは残念やったねえ」


 その原因が自分にあるのを知ってか知らずか、 軽く微笑みながらこずえは言った。


「ごめんなさい、 何か気を遣わせてしまって……」

「まあ、 あんまり気を落とさんとき。 次は頑張ってな」

「……?」


 素っ気ない返事をされるのは(悲しいかな)いつもの事だが、 この時のこずえの表情は、 いつもと違って少し寂しげに見えた。


「……先っ」


 何かあったんですか、 という前にこずえは去って行った。

 真の中に、 少しぬるくなったスポーツ飲料のような煮えきらない感覚が広がった。 


 その後真はボール遊びに復帰したものの、 彼の思うような活躍は出来なかった。

 その後は、 海の家で食事したりペンションに戻って練習したりして1日目は過ぎていった。



 夜。 ペンションの部屋で、 鈴木が同室の真に向かって「なあ、 犬塚呼ばへん?」と言った。

 やはり同室の佐原も、 「()()()()あいつと仲ええんやろ?」とせかす。  

 賑やかでテンションの高い旋一は、 一年生の間では結構な有名人となっていたのだった。

 仕方なく真が別室にいた旋一を連れてくると、 鈴木たちは明るく出迎えた。

 昼間の件でやや気持ちが沈んでいた真だったが、 旋一たちのペースに巻き込まれて半ば無理矢理騒いだ。      


「そうや。 犬塚スペシャル持って来たるわ」


 と旋一は言ってどこかへと消えた。

 やがて旋一は、 どこからかコップに入った青緑色の液体を持ってきた。

 真がその得体の知れない液体に顔を近づけると、 今までに感じた事のないような奇妙な香りが漂ってきた。


「なあ、 これ酒入ってへんか?」


 と真は言ったものの旋一は涼しい顔で、


「犬塚スペシャルは犬塚スペシャルや」


 と返した。


「結構イケんぞこれ」


 などと言いつつ、 鈴木たちは早くも「犬塚スペシャル」に口を付けている。

 「いや、 飲むんかいお前ら」などと突っ込みつつ、真も流れで少し飲んでみた。

 すると、 口の中に苦味がありつつもほんのり甘酸っぱい、 何とも言えない味が広がった。

 あえて形容するなら、 大人の味、 としか言えない感じだった。

 後ろでは旋一が鈴木たちに早くも二杯目を注いでいる。

 それを見ながら、 真は昼に海の家で見た旋一の働きぶりを思い出していた。

 調理にしろ接客にしろ、 そのテキパキとした動きはとても昨日今日初めてのアルバイトを経験した者のそれとは思えなかった。

 しかし、 鈴木たちもいる手前、 何となくその理由は聞き出せずに合宿1日目の夜は過ぎていった。


 そうこうしているうちに消灯の時間が近づき、 真は旋一を部屋まで送った。

 その帰り真は、 こずえと同じく三年の男子部員、蠣内(かきうち)が廊下で仲良さげに話すのを見た。


「うん……卒業……たら……別の地方の大学に行くから……」


 そのこずえの言葉を聞いた真は、 無言で部屋へと戻った。

(つづく)


鈴木&佐原は、12話の男子部員二人組です(元テニス部の方が佐原)。


「犬塚スペシャル」がマジモンの酒なのか、それとも甘酒的な未成年でも飲めるアルコール飲料なのか、はたまたただのソフトドリンクなのかは読者の方の想像にお任せします。


その②は4/7(日)に更新の予定です。


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