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#2 少年の苦悩

今回の中心人物:旋一、謙司、他

「なあ、 取り敢えずバンド組まへんか? やっぱモテるって言うたらバンドやろ」

「……ちょっとベタ過ぎひんか? 」


 この日旋一はあえて友達と遊ぶ予定を入れず、 謙司と共に「蓬ヶ丘同盟」を始動させる日としていた。 そんな時に、 旋一がいきなりベタな事を言うので謙司は思わず突っ込んだ。


「ちゃうねん。 ベタな事ってのは、 効果があるからこそ皆やっててベタになんねん」

「……何か妙に説得力あるけど、 楽器はどうするんや」

「そら、 楽器言うたら軽音楽部やろ。 高校なんやから」

「(中学でもあるトコにはあると思うけど……)なるほど、 軽音なあ」


 謙司もそれなりに流行の音楽くらいは知っていたが、 幼い頃少しピアノを習っていた程度で楽器の経験はほとんど無い。 そんな彼が軽音楽部に興味を示したのは、 高校で新しく「やりたいこと」を見つけたい気分が満ちて来ていたからに他ならなかった。


「とにかく、 軽音の練習場所を見に行ってみよ。 練習場所は調べてあるから」


 そう言って、 旋一は謙司を連れて歩き出した。


 軽音楽部とはいえ、 多くの部員は学校の備品の楽器を使っている。 なので、 出来るだけ音楽室に近い場所で吹奏楽部や合唱部と被らない教室を練習場所にしていた。

 二人が練習場所に近づくにつれて、 明らかに部員と思われる者の姿が目につき出した。


「凄っ……学校の中をギター持った人が歩いとる。 やっぱ中学とは(ちゃ)うなあ」


 旋一が子供のようにはしゃぐ。


(自分から軽音に行くと言っておいて、 今さらそこに驚くんか?)


 と、 謙司は思った。



 放課後の教室に、 ギターやドラムを鳴らす音が響く。

 軽音楽部の練習場では、 上級生が新入部員の指導をしていた。


「少し力が入りすぎてるで。 もう少し力抜いてみたらええんちゃう?」

「あ、 あざす」

「フフっ、 『あざす』って。 そんなに堅くならんでええよ」


 そう言って、 ギターを教えていた上級生がからかうように教わっている新入部員の肩を揉む。


「あ、 すいません。 中学の部活は上下関係が厳しかったからつい……」


 上級生の方は、 やや茶色がかったショートカットの女子。 教えを受けているのは、 高校一年としても小柄な体つきにサラサラした髪を纏い、 やや幼さを残した顔には二重瞼に長い睫毛の乗った―――あえて多くの男子高校生にとって屈辱的な表現をするなら、 可愛い、 といった外見の男子生徒だった。

 その外見からか、 彼の練習する姿は部内の女子の視線を集めていた。

 いや、 女子だけではない。 窓の外には彼に妬みの籠った視線を向ける男子もいた。


「何なんや? あの女子にちやほやされてる奴は」


 男子生徒の練習する姿を見ていた旋一が呟く。


「あいつは前に塾でちょっとだけ一緒になってた奴や。 確か、 楢岡(ならおか)中の吹部で、 名前は……鹿野(しかの)(まこと)とか言ってたな」

「俺かて、 ギター弾けたらあれぐらい女子に注目されるっちゅうねん」


 大した根拠もなくそう言うと、 教室の扉へと向かおうとする。


「おい、 今日は見るだけやんな?」

「謙司と塾で一緒やったなら、 俺らにとっても知り合いみたいなモンやろ」


 旋一はそう言って教室の扉に手をかけた。


「アホ、 一緒やった言うても5、 6回喋ったことがあるくらいで……」


 謙司がそう言い終わる前に、 旋一は勢いよく教室のドアを開いた。


「たのもおおおっ!!」


(当然だが)真も含めた部員たちの目が一斉に旋一に向けられる。


「なあ、 このギターって部の備品か何かなん?」


「ギターを弾ける=モテる」という思い込みを実現させるとばかりに、 先ほどまで自分が使っていたギターを触りかけた旋一に真は一瞬戸惑いの表情を浮かべたものの、 すぐに顔に似合わぬ激しい口調で制した。


「違う、 それは俺が春休みにバイトして買ったマイ楽器や!」


 それだけでは収まらないと思ったのか、 真はギターに向かって伸びた旋一の手を掴む。 旋一も咄嗟にもう片方の手を掴み返し、 二人はあたかもプロレスのロックアップのような体勢で掴みあった。


「くっ……こいつ、 ずっと文化部のくせに結構力あるやんけ」

「ヒョロガリのチビと思って舐めんなや。 こっちは三年間楽器(チューバ)持って鍛えてきたんや」

「……誰もそんな事言うとらんわ!」


 旋一はそう言って、 本来の目的も忘れて真の身体を後ろに倒そうとするものの、 再び押し返されてしまう。


(思いっきり雑魚キャラのムーブやんけ……)


 と、 窓の外から見ていた謙司は思った。


 やがて、 旋一の背中が「く」の字になりかかった所で、


「コラっ」


 と、 先ほどのショートヘアの上級生の声が響いた。


「君、 入部希望なん? やったら、ちゃんと入部届書いてこなアカンよ」

「いや、 入部希望と言うか、 とりあえず弾いてみたかったというか……」


 思いもかけず女子との接点が出来て、 戸惑うやら嬉しいやらでしどろもどろになりながら旋一は答えた。


「鹿野君も、 相手にせんとアンプ運ぶの手伝ってくれる?」

「あざ……はい!」


 真はほんの少しだけ彼女に自分の力を誇示するような姿勢を見せようとしたが、 つれなくそう言われてすぐに他の男子とアンプを運び出した。

 そんな真の姿を見て、 女子部員が「意外と力持ちなんや……」と呟く。

 アンプを運ぶことによって……いや、 それ以前に皮肉にも旋一(ザコ)の乱入によって、 真に「ギャップ萌え」と言う新しい属性が付加されたのだった。

 その女子の横を、 真はほとんど表情も変えずに「見世物とちゃうねん……」と言葉少なに言いながら、 少し乱れた服を直しつつ通り過ぎて行った。


 やがて、 教室内に落ち付きが戻ってきた。 とりあえず、 所在なさそうにしている旋一を連れて帰ろうと教室に入った謙司は、 練習に戻ろうとしていた真と目が合った。


「もしかして……虎井?」

「ああ。 俺の連れが迷惑かけたな。 すまん」


 そう言って、 謙司は丁寧に頭を下げた。それが、 単なる謝罪の気持ちからなのかそれとも自分の「やりたいこと」がバンドだった時のための保険なのか、 あるいはその両方なのかは謙司自身にも分からなかった。


「お前の連れか。 こいつに、 もうこんなしょうもない事せんように言うとけ」

「ああ」


 そう言って、 謙司は旋一と共に教室を後にした。

 教室の中に、 再び練習の音が響くようになった。



「あーあ、 俺ら完全に邪魔物扱いか」


 教室を出て校門に向かう道すがら、 悔しそうに旋一が言う。


「しゃーないやろ。 完全にこっちが邪魔した方なんやから」

「もうバンド作戦は止めや。 てか、 何やあの鹿野って奴。 ちょっとモテるからって、 クールキャラ気取ってからに」

「うーん、 そうかな……」


 クールキャラと言うより、 自分に近づいてくる女子との距離を測りかねてるように見えるんやけどな、 ―――俺と同じで。

 と、 謙司は思った。



 蓬ヶ丘駅を降りると、 真は大きなギターケースをその小さな体に背負ってバスに乗り込んだ。

 真の家は、 旋一や謙司たちの住む中心部からは離れた、 奥蓬ヶ丘とも言うべき山間部にあった。


 家に帰って部屋に入ると、 真は鞄を無造作に床に置いてベッドに飛び込んだ。


「また今日も女子と上手く喋れんかった……」


 枕に顔を埋めて真は呟いた。


(ずっと山奥で、 同い年の子供なんて周りに数えるほどしかおらんかったから、 面識のない女子とどう喋ればいいかなんて分からへん……。何とか改善しようと女子の多い部活に入ってみたけど、 このザマや……)

(それだけならまだええけど。中学の時は先輩の言う事に従うのがすべてやったから、 あんな風にフランクに先輩に接せられてもどうしていいか分からん。 というか、 あんな風に肩を揉むって利栖(りす)先輩、絶対俺のことを男として見てくれてへんやろ……。どうせ触るなら腹にしてくれ。 腹筋なら(多少は)ある…って何考えてんねん俺! やっぱアレか? 俺がチビでこんな顔してるんが悪いんか!?)


「吹部の時のほうが、 楽やったかもな……」


 ベッドの上をごろごろと転がりながら、真はそう呟いた。


(つづく)



こういう環境で育った人が全員こんな風になると言ってるわけではありません。念のため…

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