#16 僕らの声が繋がる時④
ついに来た収録の日。
収録を終えた蓬ヶ丘同盟5人、 そして椛島さやかが放送室から出てきた。
「いろいろあったけど、 ようやく終わったな」
謙司が旋一に言った。
「せやな。 まさか、 真が椛島さんの姿に緊張して5回も台詞をトチるとは思わんかったけどな」
二人の側では、 淳太朗が筋肉痛の起きている腹を押さえながら歩いている。 それを見ながら謙司は続けた。
「淳太朗もよく頑張ったよな」
「おう。 結局、 普通の腹筋しか出来んかったけどな」
「……さっきから、 何か一言多くないか?」
いつものように謙司が旋一に突っ込んだ。
やがて、 さやかが演劇部の練習に出るために5人と別れると旋一は言った。
「よっしゃ、 これから打ち上げすんぞ」
「打ち上げ? 悪いけど俺はもう少ししたら予定あんぞ」
「俺もや」
真と貫太が言った。
「おう。 やから、 『拠点』ですんねん」
旋一は拠点に5人を集めると、 謙司とともに自販機で全員分のパックジュースを買ってきた。
「打ち上げすんなら、 最初から言うたら予定空けたのに」
真が旋一に言った。
「まあ、 蓬ヶ丘同盟は皆の自由を尊重するシュギやから」
「なーんか、 やっぱバラバラやな俺ら……」
そう言った真の、 いや5人全員の脳裏に、 ドラマを作り始めた当初の本当にバラバラだった自分たちの姿が浮かんだ。
「まあでも……前に比べたらちょっとはマシになったかもな」
皆の気持ちを代弁するかのように真が言った。
5人がそれぞれの手に取ったジュースをくっつけて乾杯の真似事をすると、 旋一が教室の真ん中に謙司を引き出して言った。
「じゃあ、 ドラマを企画した謙司に何か一言言ってもらおっか」
「って、 俺か?」
「やって、お前が発端やろ」
「……」
謙司の心に子供の頃の記憶が蘇ってくる。
彼は父親の仕事の関係で、 幼い頃から学校内での行事や活動のリーダーを任される事が多かった。 仕方なく引き受けるものの、 大抵周囲が投げかけるのは不愉快な視線だった。
多くの子供にとって、 大人の言うとおりに行動させられるのも、 大人の言うとおりに自分たちを行動させる子供も鬱陶しく感じさせるものなのである。
「ホンマに良かったんかな旋一……。 その、 皆を俺のやりたい事に無理やり付き合わせてもうたんと違うか……って痛っ」
謙司の頭に、 旋一が軽くチョップを叩き込んだ。
「……ッ……今に始まった事違うけど何すんねんお前は」
「誰も、 お前に言われたからやったんと違うねん。 皆、 自分がやりたくてドラマに参加したんや」
そう言われて謙司が貫太、 真、 淳太朗の顔を見回すと、 皆頷いた。
「……やったら改めて。 皆、 よく頑張ってくれた。 おかげで、 いいドラマになったと思う。 まあ、 後は無事上位に入ってくれる事を祈ろう」
飾り気のない言葉だったが、皆は盛大に拍手を送った。
「これで、夏休みは皆で東京やな」
高揚する雰囲気の中、 もう上位に入るのを決めたかのように旋一が言ったが、 そこで謙司が呟いた。
「……なあ。 六品先生、 『上位に入ったら東京にも行ける』って言ってたけどよく考えたら東京に行く金を出すなんて言うてへんかったよな?」
「そう言えば、 何となく出してもらえるみたいな気になってたけど……」
「ムジナに化かされたんか、 俺ら」
真と貫太が口々に言う。
「誰が上手い事言えって……でも、 まあ東京行けんでもええか。 楽しかったし……」
と旋一が言おうとしたが、 そこを真が、
「いや、 俺らは東京行くよ。 これだけ頑張って作ったんやし。 金の事はその時に考えたらええやろ」
と遮った。
「……そうやな」
と、 淳太朗と2人で聞いた真と貫太の会話を思い出したように旋一も頷く。
「まあ、 俺は兄貴が東京の大学に行ってるから、 最悪家に泊めて貰えるけどな」
「ずっこいぞ、野生児のくせに」
真の言葉にそう旋一が返すと、 皆が笑った。
「やっぱり、 飲み物だけやと物足りひんな。 ワクドで買うたもん食べへんか?」
時間が進み、 歓談が盛り上がってきたところで旋一が言った。
それを聞いた面々は、 口々に「ええ?」というような声を発した。 許可を取ったもの以外、 学校に食べ物を持ち込むのは禁止である。 そして、 この教室は名目上「自習」という理由で借りているのだ。
「まあ、 そう言わんとジャンケンで負けた奴が買いに行くってことで」
4人は、 旋一のペースに乗せられて言われるままにジャンケンをした。 結局、 大体いつも彼らは旋一のペースに乗せられるのだ。
何回かジャンケンをして、 負けたのは謙司だった。
「じゃあ、 駅前のワクドまで全員分の買いにいけよ」
旋一が容赦なく言った。
「マジか……」
そう言う謙司を気にもとめず、 旋一が言った。
「じゃあ、 みんな好きなモン言っていこか。 金は割り勘にするから」
「当たり前やろ……」
謙司がそう言うや、 他の4人が好きなメニューを言っていく。
(もし自分が負けていたら、 やっぱり買いに行かされるのは僕やったんやろうな……)と思いつつ、 淳太朗は不思議な気分になっていた。 映画研究部に入った日、 皆とワクドに行く前に逃げ出した自分が今こうして皆と教室で食べるのだ。
そう言えば、 さっきから皆の騒ぐ声をずっと聞いているのに教室で同級生たちのはしゃぐ声を聞いている時のような苦しさは感じなかった。
「おーい、 淳太朗は何食うん?」
と、 自分の世界に入りかけている淳太朗を引き戻すように旋一が声を掛けた。
「ええと……じゃあ、 ビッグワックで……」
「意外と、 ごっつい所行くなあ淳太朗」
旋一がそう言うと、 皆が笑った。
淳太朗もそれにつられて笑った。
謙司は、 駅前のワクドナルドで皆が注文した分の商品を買うと、 鞄に詰め込んで息を潜めるように教室へと向かった。放課後とはいえ、 まだ普通に部活や学校帰りの生徒も歩いている。
謙司が扉を開けると、 皆それぞれに注文した商品を手に取った。
彼らが食べ物を口に入れようとすると、 旋一が「ちょっと待て。 食べる前に記念撮影しようや」とどこからかスマホ用の三脚を取り出した。
撮影タイマーをセットして旋一が4人の中に入った時、 教室の外から足音が聞こえてきた。
「見回りの先生やぞ」
「そんな、 今日はいつもより早いんか?」
真と貫太が口々に言う。
シャッター音が鳴ると、 5人は超速で三脚を片付けてワクドで買った物を鞄にしまい込み―――要は、 打ち上げの痕跡を消し去った。
やがて、 生徒指導部の教師が扉を開けて「何してるんや?」と声を掛けてきた。
すかさず謙司が、
「自習です。 これから帰る所です」
と答えた。
それを見た教師が―――若干怪訝そうな表情を浮かべながらも―――帰るのを見て、 5人はホッと胸を撫で下ろした。
そして、 改めて教室を片付けて5人は解散したのだった。
旋一と謙司は他の3人と別れて帰路についた。
「いやあ、 いろいろあったけど楽しかったな」
と旋一が楽しげに言う。
「俺は楽しいだけと違て優勝も狙ってるんやけどな……」
そう言って謙司が旋一を見ると、 スマホの画面を見つめていた。 きっと、 さっきの写真でも見ているのだろう。
謙司は自分のスマホの中身を思う。 友達との写真がないわけではないが、 同じくらいの歳の他の連中に比べたらきっと少ないだろう。
―――旋一は、 こんな写真たくさん持ってるんやろうな。
そう思っていると、 旋一が「そうそう、 忘れとった」とスマホの送信ボタンを押した。
謙司が画面を見ると、 メールで件の写真が届いていた。 少しブレてはいたが。
「これで、 お前も写真を残せるやろ。 それで、 このドラマがお前の『やりたい事』やったんか?」
そう言う旋一を見て謙司は改めて思った。 そうだ、 今までに思い出が無くても、 これから作っていけばいいと。
やっぱり旋一は、 俺なんかよりよほど本当のリーダー……
だが、 それを認めるのは何か悔しいような、 気恥ずかしいような気持ちになる。
「これが本当にやりたかった事なのかは分からんわ。 ……でも、 まあ楽しかったけど……な」
照れた気持ちを隠すように頭を掻きながら謙司は言った。
やがて謙司が旋一と別れて歩き出すと、 しばらくしてスマホに新たなメールが届けられた。
メールを開くと、 母親の名前とともに「今日はお父さんが久しぶりに早く帰ってくるから、あなたもそんなラジオドラマなんかは早く切り上げて三人で食事にしましょう」などと書かれていた。
「……」
謙司は、 少し震える指を伸ばしてスマホに文字を打ち込んだ。
[ラジオドラマなんかとか言わないでくれ。 食事はちゃんとする]
これが、 今の彼の精いっぱいの抵抗。
(つづく)
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【おまけ】
画像メールが届けられた時の他3人の反応。
貫太(メール……さっきの写真か? ……えらいブレてるけど。 ……でもまあ、 やっぱ「チームで何かする」って言うのはええな……)
真(全く、 旋一は俺のことを教室の片付け要員とでも思ってるん違うか……。 ってメールか。 さっきの写真……まあ、 何やかんやで淳太朗も結構頑張ってたな……)
淳太朗(打ち上げ終わったな……。 正直ホッとしたけど、 少し寂しい気もするかも……。 ! メールや……。 ……やっぱ、こういう「みんなで隠れて何かをする」って結構楽しいな……)
「ワクドに行く前に逃げ出した」→8話「彼の居場所④」