#15 僕らの声が繋がる時③
前回の集まりから二日後。
謙司は、 難しい顔で他の4人が書いてきたプロットを見ていた。
あの後、 取りあえず皆でドラマのプロットを書いてきて、 それを見ながらストーリーの構成について話し合おうという事になったのだが。
謙司は、 貫太の書いてきたプロットをもう一度読み返した。
《野球部員の○男は肘の故障でレギュラーを外され、 一度は野球を辞めようとした。 だが、 そこをマネージャーの○美に励まされ、 再び立ち上がる。 ○男にとって、 彼女はまさに沈まない太陽のような存在だった・・・(後略)》
「結局野球の話で来たけど、 まあまあ無難にまとめて来たな。 ……若干ポエムめいた所があるのが気になるけど。 次、 真の分」
《○介は不良に絡まれる○子を助けた。 その日から二人は急接近。 一見パッとしない男子に見えた○介の意外な強さに惹かれた○子は、 ○介に猛烈なアプローチをするようになる・・・(後略)》
「ラブコメっぽいのはええとして、 何かヒロインが男に都合良すぎひんか? 童t……ウブな奴の妄想っぽいというか……で、 淳太朗」
《・学校の中。
○夫、 退屈そうにしている。
○夫の顔に差す影。
・ナレーション「○夫が顔を上げると、 そこにはクラス委員の○代がいつもと違う挑発的な表情で立っていた」・・・(後略)》
「脚本形式にしてきたんは流石やけど……なんで最後にこの2人死ぬねん」
「アメリカンニューシネマっぽくしてみたら面白くなるかなと思って……」
謙司の突っ込みに、 淳太朗は消え入りそうな声で答えた。
「……で、 問題の旋一やけど……」
《仲良し5人組のリーダーの○太は、 学校に迷い混んだ子猫を助ける。 その日から仲間の尊敬はさらに深まり、 女子にもモテ出して・・・(後略)》
「所々に誤字があるのはまあしゃあないとして、 このご都合主義すぎる展開は……というか、 主人公は明らかにお前がモデルやろこれ。 自分が主人公の話書いて、 自分が主演するつもりか」
「そう怒んなや。 真の書いてた話も大して変わらんレベルやんけ」
真が愕然とした表情を浮かべたのをよそに、 旋一はさらに続けた。
「ほら、 映画とかドラマでも誰に演じさせるか前提で話書いたりするやんけ。 当て書き?ってやつ。 ……って言うか、 そこまで言うんなら謙司のプロットも見せろや」
そう旋一に言われて、 謙司はしぶしぶとプロットを取り出した。
《高校一年の○郎は、 何となく周囲に合わせてはいるものの、 特に目的もなく日々を過ごしていた。 だが、自分の夢を追っている転校生の○助と出合い、 自分の本当にやりたい事を考え始める・・・(後略)》
「フツー………」
「可もなく不可もなくと言うか……」
プロットを読んだ面々は、 口々にそんな言葉を発した。
「しゃあないやろ、 こんなんしか思いつかへんかったんやから……」
そう言って、 謙司はうなだれた。
「とりあえず、 皆で書いてきた話を纏めてみようや」
貫太が言った。
(仲良し5人組のリーダーにして野球部員の○郎は、 肘の故障で野球を諦めかけていたが、 不良に絡まれる○子を助けて急接近したことから本当にやりたい事を考え始める。 しかし、 子猫を助けたりマネージャーに励まされたりしているうちにいろいろあって○郎と○子は死んでしまい……)
そのようなストーリーが5人の脳内で展開される。
(これで一つのストーリーを作るのは無理ゲーやろ……)
誰に言われるともなく、 5人は一様に考えた。
頭を抱える他の4人を見て、 淳太朗の中に一つの考えが浮かんだ。
もしかしたら受け入れられないかもしれない。 皆が考えてきた話を否定する事にもなりかねない話だった。
―――だが、 そんな彼の中に、 旋一の「お前かて好きな事やったらええやん」という言葉が蘇ってきた。
淳太朗は拳を握り、 深呼吸すると口を開いた。
「もしかしたら、 うまく纏められるかもしれへん」
その言葉を聞いて、 他の4人の顔が一斉に淳太朗に向けられた。
「ええと、 映画でもグランドホテル形式って言って、一つの建物の中で複数のメインキャラを行動させる形式があるんやけど……そんな風に、 今言った設定を一つのキャラに纏めるんと違て、 皆が考えてきた複数のキャラをそのまま絡ませるようにしたらええと思ったんやけど……ど、 どうかな?」
淳太朗は脈打つ心臓を抑えながら言い切ると、 4人の顔を見渡した。 手に汗が滲む。
『ええやん、 それ』
誰ともなくそう言ったのを聞いて、 淳太朗はホッと胸をなで降ろした。
旋一の顔を見ると、 少しだけ満足そうな笑みを浮かべたように見えた。
「やったら、 そのプロットのまとめ、 淳太朗に頼んでええか?」
旋一が言うと、 淳太朗もうなづいた。
「よっしゃ、 これで優勝はもう決まったようなもんやな」
そう旋一が言い、 場にも和やかな雰囲気が流れ始めたが、 そこで真がふと口を開いた。
「なあ、 さっきから皆普通にストーリーに女の子出してるけど、 女子の出演者の当てってあるんか?」
『……』
皆一様に押し黙ってしまったのを見て、 真は慌てて言った。
「おい、 もしかして出てもらえる当てないんか?」
「いや、 俺もラジオドラマの話を持ち掛けたからには何か当てがあるんかと思てたけど……」
貫太も旋一と謙司を問い詰めるように言った。
さすがの旋一も少し慌てながら、
「う、 うっさいわ、 他人を当てにばかりすなや! いざとなったら、 真が裏声を使って女子の役をやればええやろ」
と真の肩をポンと叩いた。
「何言うてんねん! 他の皆も、 『その手があったか』みたいな顔すなや!」
そう真が言った時、 謙司が重々しく口を開いた。
「……当ては、 ないこともない」
『ホンマか⁉』
4人の視線が一斉に謙司に注がれる。
「ああ。 俺らのクラスに椛島さんているやろ旋一。 あの人が演劇部やから、 ダメ元で頼んでみてみるわ」
『おおー』
「そう言えば、謙司が数少ないマトモに話せる女子やもんな。 というか、 今考えたやろお前?」
「うっさいわ、 何も考えてへんかった奴が言うな。 とりあえず『出てもらえる』という前提でプロット書いてきてくれてええけど、 出てもらえるって決まったわけと違うからな」
ここぞと言うばかりに茶化す旋一に謙司が返して、 この日は解散となったのだった。
翌日、 淳太朗は改めて書き上げたプロットを持って拠点に行き、 先に来ていた旋一に渡した。
内容は、 「仲良し5人組のリーダーが他の4人の悩みを解決していくうちにそれぞれがより親しくなって行き、 最後は全員が力を合わせて困っている女子を助ける」というものだった。
「いろいろ考えたけど、 結局、 こういう話にするのが一番やりやすいかなって……」
「へへっ、 俺の考えてきたキャラを活躍させてくれて……サンキューな」
そう旋一に言われて、 淳太朗は照れたように俯いた。
そうこうしているうちに、 謙司も拠点に現れた。
「さっき話してみたら、 椛島さん出てくれることになったぞ」
『おおっ』
「一年のうちはまだあまり大きな役をやらせて貰えないから、 ラジオドラマに出て少しでも演技の経験を積みたいって」
その謙司の言葉を聞いた淳太朗がほうっと息をついて言った。
「凄いな、 椛島さんは」
「いや、 お前かて結構なモンやと思うぞ? お前がこの前みたいに逃げんと頑張ったからこのドラマが形になりかけてんねんから。 改めて、 有難うな」
そう言う旋一を見て、 淳太朗は不思議な人だと思った。 彼が生んだキャラを中心にしたら物語がまとまり始めたように、 あれだけバラバラだった自分たちが、 いつしか旋一を中心にして一つにまとまっているのだから。
「で、 女のキャラは椛島さんに演ってもらうとして、 他のキャラをどうするかやな。 主人公は俺がやるとして、 淳太朗はどうする?」
やっぱり主役は譲れへんのやな……と思いつつ。
淳太朗は少し迷いながらも、
「……僕も出たい。 せっかくここまでしたんやから、 僕らのドラマに最後まで関わりたいよ」
と言った。
「へへっ。 なら、 収録の日まで特訓やな」
旋一は軽く笑いながら、 発声のトレーニングから逃げたことを思い出させるように淳太朗の腹をポンポンと叩くと、 謙司に言った。
「よし、 台本の仕上げは一番国語が出来るお前に任せた」
「って俺か? 淳太朗がやった方が……」
「いや、 僕も仕上げは謙司の方がええと思う。 僕やったら思いつかない語彙とかもあると思うから……」
そう淳太朗に言われて、 謙司は頭を掻きながら言った。
「しゃあないな……。 なら俺が最高の話にしてやる」
そして数日が経ち、 ついにドラマは収録を待つのみとなったのだった。
(つづく)
「お前かて好きなことやったらええやん」→9話「彼の居場所②」参照。
なお、椛島さんとは4話で謙司に話し掛けてきたあの娘です。