#14 僕らの声が繋がる時②
今回の中心人物→5人全員
コンクールに応募してから二日後。
謙司、 貫太、 真の三人は「拠点」に集まっていた。
しばらくすると、 淳太朗の手を引いた旋一が部屋に現れた。
「僕、 帰って観たいTVがあるんやけど……」
そう言う淳太朗を、 旋一は「まあそう言うなって、 すぐ終わるから」と席に座らせる。
そして、 教室の前に立って「今日皆に集まって貰ったのは他でもない。 これから俺たち5人の初の共同作業として、 コンクールに出すラジオドラマの創作を行う」と仰々しく宣言した。
「どうでもええけど、 さっさと終わらせてくれや」
貫太が、 こんな軟弱なイベントなどには興味がないとでも言うように冷たく言った。
「……俺は、 ちょっとやって見てもええかもな」
真はそう言うと、 「で、 まずは何から始めるんや?」と続けた。
「まずは、 どんなドラマにするか、 内容を決めんとあかん」
旋一がそう言うと、 真はそらもっともや、 というように頷いた。
「コンクールの募集要項には、 『高校生らしい内容のオリジナルドラマ』って書いてある」
スマホでコンクールのHPの画面を見せて、 謙司が言った。
「えらい抽象的やな……」
それを聞いた真が、難しい顔になる。
「そんなら、 高校生がチーム作って野球する話でええやろ」
「とりあえず、 お前は野球から離れろゴリラ」
「異世界に転生した高校生が、 高校生の日常生活で身に付けた能力で戦う話とか……」
「大喜利やってるんと違うから。 無駄に空気読まんでええぞ淳太朗」
貫太と淳太朗の投げやりな提案に、 立て続けに旋一が突っ込んだ。
「それやったら、 やっぱ恋愛ものがええんと違うかな。 燃え上がる高校生同士の恋みたいな」
そう真が言うと、 旋一は「えらくロマンチックな事言うな。 童貞のくせに」と返した。
「て、 お前かて童貞やろが」
「うっさいわ! お前は後で使うために漫画雑誌のグラビアを切り抜いて保存してるタイプやろが」
「うっ……」
戸惑う真を見て、 旋一、 謙司、 貫太が(やってるな……)と思っていると、 淳太朗が無言で教室の扉を開けて出ていってしまった。
(皆バラバラやな……。 まあ、 急に一緒にラジオドラマ作ろうって言われても、 纏まるわけないか)
と、出ていく淳太朗の背中を見ながら謙司は思った。
旋一は、 廊下に出ると帰ろうとする淳太朗を捕まえて言った。
「悪かったわ。 今度はちゃんとするから、 もう一回皆でやろうやんけ」
「でも、 早く帰らんと、 今日はTVで『怪奇!殺人消しゴムの襲来』をやるから……」
「俺たちのドラマは消しゴムに負けんのか淳太朗……」
そう旋一は言ったが、 そこに謙司もやってきて「でも、 確かにこのままやったらラチが開かんくないか? だいいち、 あの教室ももうすぐ使えへん時間になるし。 皆、 一回家に帰って構想を練ってきた方がええと思うぞ」と言った。
旋一も「まあ、 それもそうやな」と同意し、 この日は解散となった。
次の日。 5人はまた拠点に集まったが、 簡単なあらすじを書いて持ってきたのは謙司と真だけだった。
いずれも、 若者たちの日常に恋とか夢とかの要素がフワフワと乗っかったストーリーだった。
「なーんか、 ありきたりでパッとせえへんな……」
それを見た旋一が言い放つ。
「じゃあ、 お前が書いてみろや。 って言うか、 あの時の電車の会話の流れで書いて来いひんってどうやねん」
謙司が旋一に詰め寄る。
「やっていろいろ忙しかったから……」
「全く……このままやと優勝なんてムリやぞ」
そう言う謙司に、 貫太が冷たく言い放つ。
「もう諦めろや。 どだい、 いきなり皆にラジオドラマを作ろうって呼びかけて成功させるなんて無理があんねん」
「……」
「なあ」
沈黙を破るように、 真が声を発した。
「コンクールで優勝するためには、 ストーリーだけと違て演技も重要やろ? とりあえず、 今日はそっちの方の練習をやらへんか?」
「言うても、 台本も出来てへんのにどう練習するんや」
そう言う謙司に、 真は自身ありげに「おいおい、 俺の昔の部活忘れてへんか?」と言い放った。
真は、 皆に椅子に軽く腰掛けて足を上げながら発声練習をする事を命じた。
「結構腹筋に効くなこれ。 でも、 何か腹から声が出るようになる気がするかもしれん」
練習をしている旋一が腹をさすりながら言うと、 真は少しだけドヤ顔になりつつ言った。
「吹部舐めんなよ。 ホンマは、 楽器持ちながらコレすんねんぞ」
そうこう言っている間に、 謙司と貫太がトレーニングを終わらせた。
一番最初にドラマに興味を持った謙司はもちろん、 根っこが体育会系の貫太も、 体力トレーニングとなると結局は他と競うように熱を入れるのだった。
唯一、 淳太朗だけは足を上げる体勢が最後まで続かず、 発声しながら何度も足を地面に付けていた……。
(吹部の女子より体力ないんと違うかこいつ……)
と思いながらも、 真は「もうええから、 お前は普通の腹筋やっとけ」と言ったが、 それを聞いた淳太朗は無言で教室を出て行ってしまった。
「あーあ、 真が淳太朗を泣ーかした」
旋一が囃し立てる。
苛立ったように「ああもう、 俺も今日は帰るわ」と言って真が教室を出て行くと、 それを追うように貫太も「おい、 待てって!」と出て行った。
二人だけになった教室で、 謙司は旋一に「やっぱ、 俺らでラジオドラマをやろうなんて無理があったんかもな……」と漏らした。
「大丈夫やろ。 何だかんだで皆ここに集まってるんやから、 皆で何かやりたいっていう気持ちはあるって言うことやん。 後は何かきっかけさえあればイケるって」
「……」
「まあ、 ここは俺に任せて、 お前は劇のストーリーでも練っとけや」
そう言って、 旋一は教室を出て行った。
旋一は廊下で、 帰ろうとする淳太朗を(また)捕まえた。
「まあまあ、 戻ってもう一回やってみようや」
「でも、 僕がいたら皆に迷惑をかけてしまうから……やるんなら、 4人でやったらええやん」
「大丈夫やって。 もし演技がダメでも、 他に活躍できる所があるかもしれんやろ。 別に、 全員が出演する必要はないわけやしな」
「……」
なおも帰ろうとする淳太朗と、 それに着いて行きながら説得する旋一の目に、 先に教室を出ていた貫太と真が踊り場で話す姿が飛び込んできた。
「なあ、 昨日から、 なんでこんなラジオドラマなんかにこんな必死になってんのや?」
貫太の言葉に、 真は少し間を置いて答えた。
「……知ってっか? 吹奏楽のコンクールって団体の人数で出場できる大会が決まってて、 人数が少ないとどれだけ頑張っても全国大会には出られへんねん。 俺の中学も、 小編成やったから全国までは行けへんかった。 ……色んな考えはあるやろうけど、 俺はそれが本当の意味の頂点に立てへんみたいで悔しかった。 ……って、 それ以前に俺らの時は関西大会までも行けへんかったんやけどな」
「それで、 せっかくこんな機会が来たんやから、 あの頃行けんかった本当の意味の日本一を目指したいって、 ちょっとそう思ったんや」
それを聞いていた貫太の表情が、 野球で頂点を目指していた過去を思い出したかのように引き締まる。
「スマン。 なんかとか言って悪かったな。 ……俺もちょっとお前らと一緒に日本一を目指してみたくなったな」
そう微笑みながら、 真の背中を軽く叩いて言った。
そんな二人のやりとりを聞いていた淳太朗の中で、 何かが動いた。
「皆あんなに真剣にドラマをやろうとしてるのに、 僕だけやめるのは……何か……ずるい気がする。 何か僕にも出来る事があれば……」
決して大きな声ではないながらも、 険しい表情で淳太朗は言った。
「俺が説得するまでも無かったな。 やっぱええトコあるやん、 お前。 じゃあ、 早速帰って5人で続きやんぞ」
そうして旋一と淳太朗が教室に戻ると、 すぐに真と貫太の二人も帰ってきた。
「みんな帰ってきたんか……」
「やから言うたやろ、 俺たちはイケるって」
驚く謙司に向かって旋一が言った。
「まあ、 みんな集まってきたことやし、 これから本腰入れてドラマ作って行くぞ」
そう謙司は力強く言った。
だが、 その「本気」がさらなるカオスをもたらす事を、 この時の彼らはまだ知らない……
(つづく)
真の言う吹奏楽コンクールの出場規定は2022年時点のものです。