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#13 僕らの声が繋がる時

※今回から、少し長めの話が始まります。大体3〜4回くらいの予定です。


今回の中心人物→旋一、謙司


 5月も終わり近いある日。

 太陽は、 もうすぐ訪れる梅雨の前の一仕事のように激しく照りつけていた。

 放課後、 日直の謙司……と彼に付いてきた旋一は、 プリントを職員室にいる国語教師の六品(むじな)の元に届けに来ていた。


「おう、 虎井か」


 Yシャツを第二ボタンまで開けた六品が、 ハンディタイプの扇風機を顔に向けながら言った。


「6月になるまでクーラー使(つこ)うたらアカンねん。こんなんクーラー入れてる意味ないやろ」


 謙司が何も聞いていないのに、 六品は畳み掛けるように吐き捨てた。

 生徒は、 教師にある種の「枠」とでもいうべき物を当てはめる。「冗談を言ったりして親しみやすい」という枠、 「校則に口うるさくて面倒くさい」という枠。

 教師とは思えないような荒々しい言葉遣いをする、 授業中でも気分次第で授業に関係ないことを話し続ける……一言で言えば、 変わり者。 それが、 生徒が六品に与えた枠だった。

 しかし、 生徒を締め付けるような事は言わないため、 乱暴な物言いをするにも拘らず生徒受けはさほど悪くなかった。この二人も同様である。


「それじゃあ、失礼します」


 そう言って帰ろうとする謙司を、 六品が引き止めた。


「そうや。 お前ら、 これをやってみる気ぃないか?」


 六品の手には、 一枚のチラシが握られていた。


「『高校生ラジオドラマコンクール』……何スかこれ?」


 チラシを覗き込んだ旋一が言った。


「読んで字のごとく、 高校生がオリジナルのラジオドラマを発表するコンクールや。 以前は放送部が出場してたんやけど、 放送部が無くなってしもうたから、 もう何年もウチの学校は出場してへんねん。 機材は放送室のを使うたらええ。上位に入ったら東京にも行けるぞ」


 六品はそう言ったが、 旋一は「いや、 いいっスよ」と断わった。


「今ではYotubeやtiktakもあんのに、 わざわざラジオドラマ作る高校生なんてレア物っスよ」

「そうか……虎井はどうや?」

「……」


 実は、 謙司は少しだけ自分の中の「何か」が変わる期待を抱いていたのだが言い出せなかった。 どうせ、 一緒に作る相手もいないだろう。


「ごめんなさい。僕もやめておきます」


 そう言って、 謙司は旋一と共に職員室を出た。



 謙司と旋一が廊下を歩いていると、 別のクラスの生徒が「おう、 ヨモ(せい)が並んで歩いてんぞ」と声を掛けてきた。

 ヨモ生とは、 大京市の学生たちが使っている、 旋一たちのような蓬ヶ丘から通っている生徒たちを指す造語である。  誰が始めたのか、 それを「()()()」に近い発音で言うのが習わしだった。

 さらにその生徒は、「これから2時間くらいかけて帰んのか?」とからかった。 当然分かって言っているのだが、 旋一はあえてその言葉に乗っかって「そやそや……って何でやねん」と突っ込んだ。

 旋一(あいつ)もよくやるな、 と謙司は思う。


 もちろん、 今のようなイジリにしろ「ヨモ生」にしろ、 本当に悪意を持って言う者はごくわずかだ。

 だが……謙司はこんな時、 大京の生徒との間にも、 何だかんだで周りに適応している旋一との間にも、 まるで蓬ヶ丘と大京を遮る山のような壁を感じるのだった。 

 親に縛られた人生を脱して新しい自分を見付けるためにこの学校に入って約2ヶ月。 仲の良い相手はそれなりに出来たが、 未だにこの学校で本当にやりたい事は見付からなかった。

 さっきの生徒の「ヨモ生」という言葉が蘇ってきた。

 結局俺は、 自分と、 そして父のいるあの町の引力からは逃れられへんのかもな。

 そんな事を考えていたら、 謙司の顔を汗が伝ってきた。

 今日は本当に暑い。 ―――でも、 盆地(蓬ヶ丘)のジメジメした暑さに比べたらマシかもな、 と謙司は思った。



 この日は、 旋一と謙司はクラスメイト達とゲームセンターで遊んだのだが、 電車通学の彼らは徒歩や自転車で通学する他の生徒たちと先に別れて帰路に付いた。

 電車の中。 入学当初この時間はもう暗かったが、 この季節になると空は明るく、 無慈悲なまでに田舎町の風景を浮かび上がらせている。


「何か、 俺らって損してるよな」


 窓に映る田園風景を眺めながら、 旋一が謙司に言った。


「何がや?」

「本当は、 もっといろいろ楽しめると思うねん」

「……俺から見たら、 お前は十分楽しんでるように見えるけどな」

「ちゃうねん。 せっかく大京(あっち)の高校に通ってんのに、 今日かて俺らだけ先に帰って、 ()()()()()()()()()()やのに、 なんか負けてるみたいで悔しいやろ」

「……」


 夕日に照らされながらそう言う旋一の横顔を見て謙司は思った。 やっぱり、 こいつも高校で新しい自分を見つけたいと思っている自分とそう変わらないのだと。

 その時、 謙司の頭に昼間聞いたあのラジオドラマの話が蘇ってきた。

「なあ、 旋一。 俺と……」と謙司が言いかけた時、 旋一が言った。


「やから、 昼聞いたラジオドラマの話、 やってみようと思うねん、 蓬ヶ丘同盟(オレたち)で。 オレたちかて、 大京(あっち)でこんな凄いことが出来るって事を見せてやろうや。 もしかしたら、 これがオマエの『やりたい事』かもしれへんぞ?」


 旋一は、 謙司の表情をチラリと見てさらに続けた。


「って、 別にオマエの事に気を使ってるわけちゃうぞ。 これは俺がやりたくてやってることやからな」

「……」


 そうや、 こいつはいつもそうやったな、 と謙司は思った。

 いつも勝手に人を巻き込んで、 巻き込まれた側も何だかんだで楽しくなって、 それでいて人に感謝など求めずに、 自分が好きなことをやっただけというような顔をしてる奴。

 ……まあ、 「ラジオドラマがやりたくてしょうがない」というのも本当なんやろうけど。


「わざわざ言わんでも、 オマエはいつも自分のやりたい事やってたやろ」


 嬉しい表情を隠すように、 あえて険しい顔を作るようにして謙司は言った。


「じゃあ、 やるんか?」

「ああ。 どうせやるなら、 本気でやんぞ」

「そっかー。 俺たち5人の初仕事やな」


 そう言って、 旋一は嬉しそうに謙司の背中を叩いた。


「調子ええな……。 『今ではYoTubeやtiktakもある』んと(ちご)うたんか?」

「YoTubeとかは家ででも出来るやろ。 どうせなら、 高校でしか出来ひん事をやった方が楽しいかなって」


 そう言って、 旋一は無邪気に笑った。



 翌日の職員室。


「いや、 応募する気になってくれたか。 実は、 毎年毎年あのチラシが送られてきて鬱陶しくてしゃあなかったんや」


 謙司とともにコンクールに参加することを伝えにきた旋一にチラシを渡しつつ、 六品が言った。


「聞いた話やけど、 六品先生って昔放送部の顧問やったらしいぞ」


 謙司は職員室の扉を閉めると言った。


「あんな事言って、 本当は生徒が参加してくれんのが嬉しいんとちゃうか? 知らんけど」


 これからの楽しみに胸を踊らせるように顔を綻ばせながら、 旋一は言った。






【本筋とあまり関係ない情報】

放送部は無くなったが、それとは別に「放送委員」は存在していて、校内放送を担当している。

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