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#12 夏の足音

今回の中心人物→旋一、謙司、真


※今回、女子に関する性的な表現が多発します。苦手な方はご注意ください。

 5月も半ばを過ぎ、 桜野高校も薄着の生徒が目立つようになってきた。

 本来ならこの時期は移行期間であり、 必ずしも夏服になる必要はないのだが、 昨今の気温の上昇もあって既に多くの生徒が衣替えを済ませていたのだった。


「ようやく夏服を着られるようになったな。 こんな暑い日にネクタイなんてしてられんわ」


 廊下で、 下敷きをうちわ代わりに体を扇ぎながら旋一が言った。


「お前は冬服の時からとっくにネクタイなんかしてへんかったやろ……ところで、 さっきから何をキョロキョロ見てんねん」


 突っ込む謙司に向かって、 旋一は事も無げに言った。


「何って、ブラの透けてる女子を探してるんやんけ」

「夏の間は縁を切らせて貰ってええか?」


 冷たく言い放つ謙司に旋一は、「やって、 夏服に変わった時にする事って、 それしか無いやんけ。 特に、大人しそうな娘が派手なブラしてたりしたらたまらんやろ」と言い放った。

 謙司が呆れて物も言えないでいると、 二人の前をまだ冬服の淳太朗が通りかかった。


「おーす、 淳太朗。 まだ冬服なんや。 珍しいな」


 旋一が声を掛ける。


「う、 うん、 あんまり暑さが気にならへん性質(タチ)やから……」


 実は淳太朗は腕や肩の細さがコンプレックスであり、 できるだけ人目に晒したく無かったのだったのだが、 咄嗟にそう言って誤魔化した。


「ふーん、 ところで淳太朗もブラの透けた女子って見たいやんな」


 いきなりそうぶっ込んだ旋一を見て、 謙司は心の中で茶を吹き出した。


「え、 ええと……」


 言い淀む淳太朗に、旋一はさらに続けた。


「え、 淳太朗ってもしかして尻派?」


 「咄嗟にエロい話を振られても反応し辛い」という可能性を想像できないのか旋一(こいつ)は、 と謙司は思った。


 淳太朗はしばらく言いあぐんでいたものの、 結局二人の前から逃げ出してしまった。


「あ、 逃げよった」

「そりゃ、 いきなりあんな事言われたら答えられんでも無理ないやろ」


 謙司が突っ込んだ。


「しゃーない。 俺一人でも探すか」


 なおもしつこく言う旋一に、 呆れ果てたように謙司が言う。


「いい加減諦めろや……」

「じゃあ聞くけど、 お前は女子のカッターシャツからブラが透けてたら嬉しないんか?」

「………………そりゃあ、 嬉しいけど」

「やっぱ、 お前かてそうやろ?」


 つい本音を漏らした謙司を慰めるように、 旋一はその肩をポンポンと叩いた。


 結局、 また二人で歩き出したものの、 目当ての姿の女子は見つからなかった。

 いや、 ブラどうこう以前に思春期の彼らには、 女子の胸部を凝視する事自体が困難だったのである。


「やっぱり、 やみくもに探すんやなくてピンポイントに行った方がええかも知れん」


 探し疲れたように溜息をつきながら旋一が言った。


「ああ?」

「やっぱ、 大人しそうな娘がいる所の奴に、 ブラの事聞いてみてから行くとか……」

「大人しそうな娘がいる所って」

「ほら、 やから文化部とか」


(真にでも聞いてみんのか…? なんてな)


 などと謙司が思っている間に、 旋一はスマホを取り出してメールを打ち込み出した。


「『……吹部とか軽音って女子の透けブラいっぱい見られるの?』っと」

「まさかホンマにやるとは思わんかったわ……。 今度こそ、 完全に軽音出禁になるぞお前」


 そう謙司が返すと、 しばらくして真からのメールが返ってきた。


[透けブラ?そんな事より今の俺は筋肉の事しか考えられんねん]


『女の()()筋肉って、 マニアック過ぎやろ……』


 メール画面を見て旋一と謙司は呟いた。


 ✳

 ✳

 ✳


 時は十数分前に遡る。

 ここ軽音楽部の練習場所でも教室のセッティングを終えたばかりの一年生たちが、 夏服に着替えたばかりの真新しい同級生の姿を肴に話に花を咲かせていた。


「今まで服で見えてへんかったけど、 俺結構筋肉あるやろ」


 男子部員のひとりが、 上腕を撫でながら言う。


「俺も、 中学でテニス部やったから結構あんぞ」


 もう一人の部員も、 負けじと袖を捲って筋肉を見せつけた。


()()()()も、 細いけどもしかして腕の筋肉あったりするん?」

「結構、 力あるしなあ」


 二人の男子は、 早速椅子に座って練習を始めようとしていた真に向かって言った。


「えー? しゃあないなあ……ふんっ」


 真が笑いながら腕に力を入れて曲げると、 細身ながらも決して貧弱ではない筋肉が姿を現した。


『おおー』

「な? 俺かて結構あるやろ?」


 そうやって無邪気にはしゃいでいる三人の耳に、


 ガラッ。


 とドアを開ける音が飛び込んできた。

 三人がドアの方向に目をやると、 夏服に替えたばかりのこずえが歩いていた。 亜麻色の髪が、 陽を受けて眩しく光る。


「ちわー。 練習始めるよ。 チューニングはもう出来た?」


 男子たちのはしゃぐ姿に目もくれず、 淡々とそう言うこずえを見て、 途端に自分たちがひどく子供じみた行いをしている感覚に苛まされ、 三人は黙りこくってそれぞれの練習へと向かって行った。


(あんなガキっぽい姿見られてもうた……最悪や……)


 頭の中でそう繰り返しながら真が練習の準備をしていると、 ゆっくりとこずえが近づいてきた。

 決まりの悪そうな顔をする真の傍で立ち止まって、 こずえはしばらくアドバイスをしていたが、 去り際になって真の近くに顔を寄せて小声で言った。


「力こぶ、 あるんや……」

「!?」


 突然のこずえの言葉に、 真は(例によって)パニックに陥る。


「格好ええやん」


(先輩、 また俺をからかってる……。 落ちつけ……落ちつけ……今日こそは、 しどろもどろにならんと、 冷静に返すんや……)


 暴れる心臓を抑えながら、 真は必死に返答を試みた。


「ま、 まあ、 前は重い楽器(チューバ)持ってましたから……」

「へえー……じゃあ、 触ってみてもええ?」

「!!!??」


 こずえの言葉に、 思わず真は思考停止に陥った。


「ゴメンゴメン、 冗談やって」


 そう言って真の肩を軽く叩くと、 こずえはまた他の部員の元へと歩き出して行った。

 しばし固まっていた真だったが、 そんな彼の耳にメールの着信音が飛び込んできた。

 止まっていた時が動き出したかのような勢いで、 混乱しつつも真はスマホのボタンに手を伸ばした。


[透けブラ? そんな事より……]





※その後、 真は必死に弁解した。

(つづく)





「文化部は大人しそうな娘がいる」「女子の透けブラいっぱい見られる」はあくまで旋一の妄想なので…


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