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#11 男たちの戦い

今回の中心人物→貫太

 五月の風の吹く午後。

 一つの人影が、 校門の前に姿を現した。

 見るからに、 この学校の生徒ではない。 そもそも、 すでに少なからずの生徒が帰り始める時間である。 そんな中、 彼はひとり決闘でもするような物々しい雰囲気を醸し出していた。


「ここが桜野高……()()()のいる所か……」


 彼は、 周囲の奇異の目も気にせずに呟いた。


 ✽

 ✽

 ✽


「なーんか面白いことあらへんかなあ」


 放課後の教室、 旋一が呟く。


「面白いことって、 もうすぐ中間テストやぞ。 勉強しとかんでええんか」


 その謙司の言葉通り、 テストが近づいて遊ぶ生徒も少なくなっており、 いつも賑やかな教室もこの時ばかりは静かになっている。 ……が、 それこそが旋一の嘆きの原因なのだった。


「やって、一度きりの高校生活やんか。勉強なんかで時間消費したらもったいないやろ」


 「面白いこと」になってるのは、 お前の頭の中や……と謙司が呆れていると、 職員室の方から叫び声が聞こえてきた。  旋一は、 当然のように「行ってみんぞ!」と謙司の手を引いていった。


 二人が叫び声のした方に行くと、 ジャージ姿の見たことのない男子が教師たちに取り押さえられていた。

 「離してください!離してください!」と叫ぶその男子を見て、 旋一は「何かあったんスか?」と学年主任の多古に聞いた。


「ああ、 君らか。 こいつが勝手に学校に入ってきて、 生徒たちに変な事を聞いて回っとるらしいからこうして捕まえたんやが……そういえば、 君らは()と親しかったな」

「……?」


 多古の言葉も気になったが、 とりあえず謙司は目の前の少年を改めてよく見た。

 ぼさぼさした短髪で、 顔立ちからして高校生くらいと思われるが身長は同年代にしてはかなり高い。 男性教師が二人がかりで必死に取り押さえているあたり、 きっと力も強いのだろう。 

 何より目を引いたのは、 少年の傍らに置かれている棒状の物体……ケースに入っているものの、 それはどう見てもバットだった。

 こんな物を持ち込んで、 こいつは暴力沙汰でも起こすつもりなのか。

 いや、 暴れたりした形跡はないから、 この廊下で野球の試合でもするつもりなのか……何だか、 こっちの方がさらに訳がわからないが。

 少年は、 旋一と謙司の存在に気づくと言った。


「なあ、一年の馬路貫太って知らへんか?あいつに用があるんや」


 旋一と謙司は顔を見合わせた。


 旋一は、 貫太の手を引いてきた。 多古から、 とりあえず暴れたりする様子も無さそうやし貫太に会わせてみてくれと言われて、 今まさに帰ろうとしていた貫太をスマホで連絡して引き止めたのだ。

 貫太は、 「おい、 俺はこれから帰ってテスト勉強せなあかんのやぞ」と言いながらも、 件の捕まえられている少年を見た。


「お前は……猿武(さたけ)!」

「やっぱ知ってる奴なんか?」


 そう言う旋一に貫太は、 「ああ。 中学野球で戦ってた奴や。 でも、 お前は確か竹宮(たけみや)工業の野球部に入ったんちゃうんか」と言った。


「竹宮工業って、 野球でめっちゃ有名なとこやん」


 その旋一の言葉通り、 竹宮工業高校は近年こそ甲子園の出場実績は無いものの、 古くから野球で輝かしい実績を上げている所謂古豪と呼ばれる高校である。


「そうや」


 そう言って、 猿武は貫太を睨んだ。


「去年の夏、 中学最後の県大会で俺はお前に三振に取られてもうた。 それから、 俺はお前を倒すために前以上に猛練習を積んだ。 そして俺は竹工(タケコー)、 お前は桃陽館に入って甲子園出場を賭けて再戦する……と思ってたら、 お前は桃陽館に入ってへん言うやんけ。 で、 調べたらこんな所に入って、 しかも野球部にも入らんとこんな連中とフラフラしとる」

「ああん?」


 それを聞いた旋一が猿武を睨んだ。


「俺と勝負しろや馬路。 お前と決着を付けん事には俺の気が収まらへん。 ……あと、 俺は男ばっかの中で毎日地獄の練習してんのに、 お前は女子に囲まれてここで青春してて……何か、 何かムカつく!!」


(勝負にかこつけて個人的な鬱憤をぶつけんなや……)と、 旋一と謙司は思った。


「言うか、 二人だけで勝負ってどうすんねん」


 旋一が言うと、


「勝負は、 シンプルに貫太(オマエ)が投げて俺がそれを打つ、 サシの勝負や。 まあ、 お前の球を受けられる奴なんてこの学校にはおらんやろから、どっかフェンスのある所……蓮美川(はすみがわ)沿いのグラウンドがええな。俺は先に行っとくから、5時半までに来いや」


 と猿武は言った。


「どうでもええけど、 練習とか行かんでええの?」と言う旋一に、「うっさい! 今何て言い訳するか考えてる所や!」と言うと猿武は教師陣に一礼して去って行った。


「全く、 人はこれからテスト勉強しようとしてんのに……」


 貫太が煩わしげに言った。


「でも、 あいつこのままやと引き下がらへんのと違うか? それに、 嫌いになったわけと違うんやろ、 野球(それ)

「……しゃあないな。 まあ元はと言えば、 きっかけを作ったのは俺やしな。 じゃあ、 さっさと片付けて帰んぞ」


 謙司の言葉に、貫太はそう言い切った。



 持っていた体操着に着替えた貫太と、 旋一、 謙司の三人はグラウンドに向かった。 グラウンドには、 週末の少年野球の練習に使うためかダイヤモンドが作られていた。

 そのバッターボックスの中で素振りをしていた猿武は貫太の存在に気付くと、


「来たな。 俺が外野まで飛ばすか、 お前の球が4回ボールのゾーンに入ったら俺の勝ちや。 ええな?」


 と言って、どこからか出したボールとグローブを貫太に投げてよこした。


「心配せんでも、 その前に三振にして終わらせたるわ」


 と貫太は頷いた。


 猿武は再び素振りを始めた。 バットが唸りを上げる。


「ぶっちゃけどうなんやあいつ? そんなに易いバッターと違うんやろ?」

 

 さすがに少し心配な表情で謙司は聞いた。


「ああ、 単純なパワーならあいつの方が上かもな。 しかも左打ちやから、 右投げの俺は相性が悪い。 ……でも、 勝つのは俺やけどな」


 そう返した貫太の力強い表情を見て、 謙司は彼が中学野球で頭角を現して行った理由が分かった気がした。

 貫太は振りかぶると、 ストライクゾーン目がけて一球目のボールを放った。 凄まじい速度で、 ボールが後ろの壁に当たる。


「……へっ、 どうやら腕は鈍ってへんみたいやな」


 猿武が言った。 その表情は、 少しだけ嬉しそうに見える。


「野球部には入ってへんけど、 トレーニングは続けてたからな。それよりそんなニヤついててええんか? 1ストライクやぞ」

「今のはほんの様子見って奴や。 これからが本番じゃボケ」


 「なんで俺がやらなあかんねん。 ()やからか?」などと言いつつも旋一はボールを貫太の元に運んだ。 このテスト前、 久しぶりに面白い事に出会って彼も喜んでいるのである。

 貫太が二球目を投げると、 ボールはストライクゾーンからやや外れた所に行った。 猿武はバットを振らず、 冷静にボールを見て言った。


「どうした? ちょっとコントロール鈍ったんと違うか?」

「……」


 貫太はそれに答えず、 無言で猿武を見据えた。


(思ったより慎重やな……。 まあ、 あのくらいやないと竹工の野球部には入れへんか)


 そう謙司が思う間に、 貫太は三球目を投げた。

 やや甘い所に入ったそのボールを猿武のバットが捉えると、 ボールは上部のバックネットへと叩きつけられた。


「だんだんタイミング()うてきたな。 次は外さん」


 猿武はマウンドの貫太を見て、 不敵な笑いを浮かべた。

 謙司は、 マウンドの貫太に向かって「おい、 大丈夫か……」と言いかけたが言葉を止めた。

 貫太の気迫が、 他者の言葉を拒んでいたのだ。

 貫太の投げた四球目は、 前の球と同じような甘いコースへと向かって行った。


「……貰ったあ!」


 そう叫んで猿武はバットを振った……が、 その直後ボールは内角へと曲がっていった。

 バットは宙を切り、 猿武はバッターボックスに倒れ込んだ。


「バカ正直にこんな変化球に引っ掛かりよって。 お前は昔からパワーはあるけど、 単純過ぎんねん。 今度勝負するんなら、 もっと駆け引きを覚えて来いや」


 倒れている猿武の元に歩み寄って貫太が言った。


「……負けてもうたんか、 俺は……」

「……でも、 今日は楽しかった。 学校のためとか大人のためとか関係なしに、 純粋に野球することの楽しさを思い出したわ。 久しぶりに」


 それを聞いた猿武が立ち上がる。 「次こそは負けへんぞ」的な事を言うのかと思われたが。


「クッソ……こうなったら、 今度は腕立ての回数で勝負や」


 他の三人がコケそうになったのは言うまでもない。

 

「しゃあないな……よっしゃ、 今日はとことん付きあったるわ」


 そう言う貫太の顔は、 心なしか楽しそうに見えた。


「テスト勉強はやらんでええんかいな」


 それを見ていた旋一が言う。


「まあ、 そう言うてやんなや。 …って言うか、 お前も人のこと言える立場違うやろ」


 もしかしたら、 貫太(あいつ)は高校に入って初めて心から何かに熱中してるのかもな、 と謙司は思った。

(つづく)


【本筋とあまり関係ない情報】

・猿武のフルネームは「猿武千広」。

・謙司は左利き、他の四人は全員右利き。


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