#10 ある日の彼ら
ある日の五人の1コマをオムニバス形式で書いてみました。
①軽音楽部の練習場。真と先輩の話。
②昼休みの廊下。旋一&謙司と淳太朗の話。
③帰り道。謙司と貫太の話。
「痛っ……」
放課後。真の声が軽音楽部の練習場所に響く。
真は痛みを感じた指を見た。 どうやら、 ギターを弾いているうちに指の皮がめくれたらしかった。
(何でFコードってこんな訳わからん押さえ方すんねん……)
ギターの1弦と6弦……すなわち1番上と下の弦を人差し指で押さえるFコードは、 小柄ゆえ手も小さい真にとっては鬼門であり、 連日の練習で指の皮が剥けたりマメが出来たりするのも珍しく無くなっていた。
もっとも、 「最初からFコードをうまく弾ける人間などまず存在しない」というのがギター弾きほぼ全ての共通見解ではあるが。
「頑張ってるやん、 鹿野君」
練習を続ける真に向かって、 三年生の利栖こずえが話しかけてきた。
「あ……先輩」
感じた胸の高鳴りを隠すように、 真は言葉少なに答えた。
「痛くなるんやったら、 もう少し人差し指の力抜いてみたらええと思うよ。 ……でも、 鹿野君まだギター始めてすぐなんやし、 無理してFコードなんて覚えることないんと違う? 鹿野君もこれからt……上達してくるやろし」
こずえが最初「これから」の後に「手も大きくなってくるやろし」と言おうとした事を察した真は、 少しむっとした表情になって言った。
「平気っス。 背伸びには昔から慣れてますから。 それに……いや、 何でもないです」
早くギターを弾きこなして先輩に格好いい所を見せたい、 そう言いかけたが真は踏みとどまった。
「ええやん、 背伸びって何か凄い男の子って感じやね」
そう言って微笑むこずえを見て、 真は自分の頬が赤みを帯びそうになったのを感じて慌てて手で顔を覆った。
「そうや、 私絆創膏取ってきてあげるね」
こずえは、 真の指の傷を見て言った。
「も、 申し訳ないっスよ。 そんな、 先輩に……」
「そのくらい気にせんでええよ。 私、 先輩なんやから」
真の吹奏楽部時代の「先輩」からは到底出てこなかったような事を言いながら絆創膏を取ると、 こずえは腕を真の手のほうに伸ばした。 いや、 腕だけではなく体全体も。
(!?)
こずえのナチュラルな茶髪から放たれる香りが鼻に飛び込んで、 真は激しく混乱した。
(近い近い近い@ajtw%¿*#o÷πqx……)
「絆創膏、 貼ってあげよっか?」
こずえは軽く微笑みながら言った。
「せ、 先輩にそんなことさせられまs……」
真は、 今にも爆発しそうになる心臓を抑えながら、 もはやクールキャラを演じるのも忘れて言葉を絞り出した。
「……なんて、 冗談やん。 そんな真面目に受け止めんでも」
「か、 からかうのはやめて下さ……」
「ごめんごめん、 ちょっと緊張してる気ぃしたから。 まあ、 頑張るのはええけどあんまり根詰め過ぎひん方がええよ?」
そう言って、 こずえは自分の練習へと戻って行った。
(何やったんや……)
真は、 先輩に好意を持っている事バレてへんやろな、 とばかりに心臓の上に手を当てながら考えた。
いつぞやの練習中に肩を揉まれた時といい、 どうも利栖先輩は安易に後輩と距離を詰めすぎな気がする。
いや、 それであそこまで動揺してしまう自分も正直情けないとは思うけど。
「男の子って感じ」か……。
きっと、 自分は先輩に一人の男として見られてへんのやろな、 と真は思う。
これから女子の前でも堂々と振る舞えるようになって、 ギターももっと練習して弾きこなせるようになったら、 先輩も一人前の男として見てくれるのだろうか。
こずえは三年生である。 残された時間はそう長くない。
「根詰め過ぎ」になってるのは、 先輩のせいっスよ、 とこずえの背中を見ながら真は思った。
♪
♪
♪
(「先輩に好意を持ってる事バレてへんやろな」とか考えてんのかな?)
ギターの弦を触りながらこずえは思った。
(まあ、 バレバレやけどね。 ……なーんか、 私を「先輩、先輩」って慕ってくるの見ると、からかいたくなってしまうねんな)
こずえは、 弟のいる友達が言っていた「弟をからかいたくなってしまう」という気持ちが少し分かった気がした。
そう、 彼女の真に向けての愛情は、 あくまで後輩としてのそれ……のはずであった。
でも、 いつの日か真を一人前の男として認識するようになる日がくるんかな?とこずえは思う。
その事を考えた時、 彼女の心の中に今の二人の関係が終わってしまう寂しさとともに、 小さなときめきが生まれるのだった。
(頑張ってね、 可愛い後輩クン)
練習を続ける真の背中を見ながら、 こずえは心の中でそう呟いた。
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時間は少し遡り、 昼休み。 淳太朗が図書室から帰ってくると、 廊下で旋一&謙司と遭遇した。
「おう、 淳太朗やん。 今ちょっと付き合わへんか?」
その言葉に淳太朗が戸惑っている間に、 旋一は彼を「捕獲ー!」と捕まえた。
自分を捕まえている旋一の顔を見て、 (とにかく何か話をしたがっている)と察した淳太朗は、
「犬塚く……いや、 旋一。 もしかして、 犬塚ってあの〈犬塚書店〉の?」
と聞いた。
「おう、 そうやけど、 よく知ってんな?」
「うん。 読みたい本を探してもなかなか見つからへん時とか、 たまに行ってたから……」
「へへっ、 蓬ヶ丘西中の学区から店までって結構あんのに、 サンキュー」
旋一は、 この内気な少年の中に秘められた意外な冒険心を称えるように背中を軽く叩いた。
「でも、 失礼かもしれへんけど、 よくこんな時代に潰れずに残ってたね」
淳太朗がそう言うと、 謙司が「それは学校指定のものを扱ってるかr……」と言いかけたが、 旋一がその前に口を塞いだ。
「まあ、 秘密のエロ本とかいっぱい売ってるからな」
そう言うと旋一は、 何かを期待するように淳太朗に視線を向けた。
その表情から、 自分にも何か面白い事を言えと迫ってるのだと察した淳太朗は、 必死に言葉をひねり出した。
「こ、 校庭の二宮金次郎の像が持ってる本を売ってたから……とか?」
『何で俺らよりちょっと面白いねん……』
「大喜利」が、 淳太朗の「役に立つこと」かもしれない……と、 二人は思った。
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再び時間は進んで放課後。 謙司が、 クラスメイトたちと遊びに行く旋一と分かれて学校から出ようとすると、 貫太に声を掛けられた。
「おう、 今日は一人なんか?」
謙司は「ああ」と言って歩き出すと、 「そうや、これ見てくれ」とスマホの画像を見せた。 画像には、旋一や同級生たちと共にカラオケボックスで笑う謙司が写っていた。
「この前、 旋一らとカラオケに行ったねん」
「いや、 お前のオカンか俺は」
心なしか楽しそうな表情を見せて報告する謙司に貫太は突っ込んだ。
「あと、 この前はプリクラも撮ったねん」
そう言って、 謙司はプリクラの貼られたノートを見せた。
「……だから、オカンか俺は」
「でも……」
「ん?」
「俺が小学生の頃からつるんでるのって旋一だけやけど、 あいつにとってはたくさんいる連れのひとりに過ぎないんやろなって、 それが時々寂しくなるねん。 今かて、あいつは俺と別々に遊んでるわけやろ」
「いや、 それは違うと思うぞ。 友達って言うんは、 何人いようが一人ひとりが特別なもんなんと違うかな」
「そうかな……」
「少なくとも、 あいつはそう考えてると思うぞ」
「……そうかもな」
と謙司は言った。
「と言うか、 あいつは別に友達とか違うから。 何かこう、腐れ縁と言うか……」
それを聞いて、貫太は軽く吹き出した。
「やっぱ天然やな、お前は」
「どこがや?」
「お前以外からしたら、 誰が見てもあいつとの事は友達に見えると思うぞ」
「そうかな……」
そう言って、 謙司は少しむっとした表情を浮かべた。
旋一の事になると意地を張るのは会った頃から変わらんなコイツは、 と貫太は心の中で笑った。
(つづく)
「いつぞやの練習中に」→2話参照。