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【くねくねと転生 ~オーディエンスはみな発狂~】

 俺の名前は(ころび) セイ。何の変哲もない男子高校生だ。


 真夏の暑い日、田んぼのあぜ道を弟と歩いていると、白い怪異と遭遇した。


 そのくねくねとした動きは、なんかすごい……とても凄い。


 悟りと地獄の釜がいっぺんに開くみたいな感じで、見ているだけでみるみる発狂していくのが自分でも分かる。


「逃ゲろ!」


 俺は弟にそう叫ぶと、狂ってしまう前にそいつを仕留めようと走り出した。


「うおおおおおおおおおおおお!!!」


 渾身の右ストレート! くねくねしたそいつは、くねくねしてるのに夢中なのか避けようともしない。見事に決まって倒れた。


 俺はそこで発狂し、そいつに重なり合うように倒れた。


 俺とくねくねは死んだ。




 ──────気づくと、なんかいかにも転生できそうな感じの白い部屋にいた。


 白いあいつもいた。


「あっ、おまえ!」


「くね~!?」


 そいつはなんか鳴き声を上げると、またくねくねしだした。まだやる気なのか!?


 ……いや、これは……


 生きているうちはわからなかッタ、が、こレ、いいぞ?


 すごい! 動きが詩的なのに風情があってまろやかであげぽよだ! すっごーい!


「くね~♪」


 そいつも分かってもらえて嬉しそうだ。


 そうか、こいつ、自分のダンスをわかってもらいたくて無差別に踊りを見せてたのか。なんて迷惑なやつだ、殺してよかった。


 と、その時、なんかの声が響いた。


「えっと、すいません、くねくねさんとセイさん、私も見ちゃうと気が狂っちゃうのでまとめて転生させますね。えいっ!」




 そして、転生した。


「…………」


 気づくととそこは、知らない路地裏だった。俺は裸だった。


「……」


 とりあえず俺はそこにあったゴミ箱の裏に隠れると、周りの様子をうかがった。


「お、おい、あれなんだ?」


「さっきまでいなかったよね?」


「うわぁああ、なんかいるぅうう」


 通りかかった奴らが騒ぎ始めた。まずいな……。


 だがしかし、ここで出て行けば捕まってしまうかもしれない。なんとかやり過ごさないと。


「きゃー、なんか変なのがいるー!」


「キモッ!」


「いやー! 変態!」


 逆に人が集まりだした。


 どうしよう、このままだと大変なことになる。でも、ここを出て行くわけにはいかないんだ。


「助けてくれぇ!」


 そんな時、どこからか声が聞こえてきた。


「誰だ!」


「あっちの方角からだ!」


「いくぞ!」


 みんな走って去っていった。


 助かったようだ。


「大丈夫ですか?」


 女の声が聞こえる。俺はゴミ箱の陰から出た。


 そこには一人の少女がいた。年は15くらいだろうか。赤毛を三つ編みでおさげにした可愛らしい子だ。


「あ……」


 彼女は俺の姿を見ると驚いた様子だったが、すぐに笑顔になって言った。


「私の家、すぐ近くなんで来てください。服とか貸しますから」


「恩に着る」


 そうして俺は彼女の家に連れて行かれた。


 俺は彼女に連れられ、小さなアパートの一室へと入った。


 部屋の中には三角木馬があり、手錠にアイアン・メイデンとか色々揃っていて、俺はしまったと思った。


「待ってくれ! 誤解だ! 俺は変態ではない!」


「ふえ? どういうこと?」


「裸なのは転生したばかりだからだ! 君の世話にはならない!」


「ううん、いいよ。困っている人は放っておけないもん。遠慮しないで」


 そういうと、彼女は部屋の奥に行って何かを探しているようだった。


「あった!」


 そう言うと、彼女は戻ってきて、手に持っていたものを差し出してきた。


 それはフリフリのミニスカワンピだった。下着もちゃんと女物だ。


「これでよし。あと、この猫耳で完璧だよ」


「……ありがとう。恩にきる」


 不条理なものを感じたが、裸に比べれば何倍もマシだ。ブラの締め付けが安心感を与えてくれる。パンティも履いてみると案外いい。


 俺が猫耳も装着したのを見届けて、少女は満足げにうなずきながら尋ねてきた。


「ところでお名前は? 私はヘンタ・イム・スーメ。スーメと呼んでね」


「俺はセイだ。よろしくスーメ」


「よろしくセイ。お好きなプレイは?」


「こちらこそ。俺は針金を自分の……」


 とりあえず自己紹介を終えた。俺はこれからどうすればいいのだろうか。


(そういえば、あの──くねくねとかいうやつはどうなったんだろう)


 あの声はまとめて転生とか言っていた。あんな怪異が野に放たれたらこの世界は……


 そういえば、さっき助けてくれとか叫び声が聞こえたな、まさか……


 と、その時だった。


『くね~!!』


 頭の中で鳴き声が響いた。


「なんだ!?」


 俺は驚いて辺りを見回したが誰もいない。気のせいか? と、思った瞬間だった。


 突然俺の目の前の空間がぐにゃりと歪むと、それが白いものに変わった。


「うわっ!」


 その白いものは俺に飛びかかってくると、俺の体をすり抜けて、部屋の中をぐるんぐるんと飛び回った。


「くねくね!?」


 くねくねの動きは妙に生命エネルギーを感じさせて、なんかすごい……なんだろうね、エナドリキメてすごく俊敏になったコアラみたいな感じ。


 くねくねは一通り家の中を飛び回ると、また元の場所に戻ってきて、そこで止まった。


『くね~!』


 俺にダンスを見せつける。いい感じだ。


「あの、どうかなさったんですか?」


 スーメはくねくねが見えないようだ。なるほど、タルパとかスタンドとかそういう感じらしい。


(あの声、まとめて転生させるとか言ってたな、なるほどこういうことか……)


 文字通りの意味だったらしい。


 一体どんな意図があってこんなことをしたのだろうか。俺はただの手抜きではないことを祈った。


「ところで、ここはどんな世界なんだ?」


「ふふ、セイはおかしなことを聞くのね。もちろん魔王に侵攻されて人類の約9割が死滅してるわ。


とはいうものの、このあたりは平和なものね。


むしろここまで襲われるようなら、いよいよ人類は終わりね」


「そうなのか……」


 気になるところはあるが、どうやらここはまだ平和でいられるようだ。よかった。


「ところでさっきの助けてって叫び声、何だったのかしら?


 まあいいわ、その服よく似合ってるね。可愛いと思う」


「そ、そうか?」


 正直、俺はこの格好があまり好きではなかったのだが、褒められて悪い気はしなかった。


「そうだ、まだご飯食べてないよね。今から作るから待っていてね」


「ああ、ありがとう」


 スーメは台所に立つと、料理を始めた。トントンという包丁の音、ジュージューというフライパンで肉が焼ける音、コトコトと鍋の煮える音が聞こえる。


 俺は居間にあるソファーに座ってその様子を眺めていた。


(この世界に転生して、俺は何をするべきなんだろう? 平和な街みたいだし、ヒモになって生きてくのも悪くないかな)


 そんなことを考えていると、魔物がドアを突き破ってやってきた。


「グワァー!!」


 大きなコウモリのような姿をした怪物だ。羽ばたくたびに部屋の中に埃が舞う。


 スーメはその気配を察知したらしく、俺の方を振り返ると、微笑んで言った。


「もうだめみたいね、人類」


 コウモリのような怪物は俺の姿を見て驚愕している。


「貴様、なぜそんな格好を!? 変態なのか!?」


「そうよ!!」


 スーメが勝手に答えた。そんなことはないのだが……


 その時、俺の脳裏に閃くものがあった。


 くねくねと俺はまとめて転生した。ならば、くねくねの踊りを俺の体で見せることも可能なはずだ。


「こい、くねくね! 俺と一つになるんだ!」


『くね!?♥ くね~!!♥』


 どういう意味で受け取ったのか、くねくねは俺に飛び込んできた。


 俺はそれを受け止めると、自分の体の中に収めた。


『くね~!!』


 くねくねと俺が合体し、一つになった。その辺にあったパピヨンマスクをつけると、俺はこう宣言した。


「俺は、新たなる存在へと進化した! 仮面くねくねヤー、変・身!!」


「き、気持ち悪ぃ……」


 コウモリ野郎が何か言っている。うるさい奴め。


 だがそれどころではない。俺の中に凄まじいパワーが溢れていた。


 とにかく踊りを見せたい。そんなパッションだ!!


「うおおおぉっ!」


 俺は猛然と走り出した。


『くね~!!』


 俺の体は情熱のままに動き始めた。人とはかけ離れた動きで体をくねらせる。


「な、なんだ!? く、くねくねして……!?

う、う、うわああああああああああああああああああああああああああ!?」


「もっと、もっと見てくれええええええええええええ!!!」


「や、やメろおおオオおお!!!」


 コウモリ野郎は発狂してしまった。俺たちのダンスを理解できなかったらしい。


 だめだ。踊り足りない。もっと見せたい。オーディエンスは!? オーディエンスはどこだ!!!


「スーメ、お前も見ろおお!!!」


「あ、私より多分街にいっぱい魔物が来てると思うのでそっちに見せたほうが」


「分かった!!!!」


 俺は部屋を飛び出し、街に出た。


「「「ギャーッ!?」」」


 子供たちが歓声を上げる。かわいいなあ。でも、今は魔物にダンスを見せる時間なんだ。ごめんな。


 街の外では魔物たちが俺たちを待っていた。パッションのままにさんざん見せつける。


「うわあああっ!? ひ、ひいいイい!?」


「なんだあの猫耳……うわああああアああああアアアああ!?」


 魔物たちが発狂する。


「くそっ……」


 人間の生き残りは結構いるが、理解者はいなそうだ。


 人類の9割が死滅してるんだったな、だったら魔物のほうがオーディエンスは多い。


 魔物が集まっている方に俺たちは駆ける。


「くねくねー」


「ぎゃああああああ!? あ、ああああああアアアア!?」


「うおっ、野郎のパンチラ、超胸熱……ぐはああああアアア!?」


「ままー、あの変な人……」


「シッ、見ちゃいけません!!」


「くねくねー♪ くねくねー♪」


「「「「「「ギャアああああアアアあーッ!!」」」」」」


 と、ダンスして回っていたら魔物が大量にいるところに来た。


 攻めてきた魔物たちの本陣とかそんな感じだろうか。


「おい、そこの変態! ちょっと止まれ!!」


 なんか偉そうなやつが話しかけてきた。俺たちは構わずダンスを見せつける。


「吾輩は魔王軍幹部カマーセ……いや、なんだそのくねくねしタ……う、うわあああああああアああア!?」


 偉そうなやつは精神がブラウザバックしてしまったようだ。もう見てない。


 舌打ちをする。だがまだまだオーディエンスは大量に残っている。


「おほぉ、いい尻してんじゃねえか……ぶべらぁ!?」


「うげぇっ……!? ダンス抜きでも普通に死ねる……」


「うへへ……たマんねぇなオイ……ふウ…… うぐは」


 俺たちはひたすらに踊り続けた。パッションのままに。


 そして、気づけばオーディエンスはみんな精神がどっかにいってしまっていた。


「はあ、はあ……」


 くねくねと分離する。


 拍手はなかった。ただ、静寂だけが残っていた。……かなしかった。


『くね……』


 くねくねも落ち込んでいる。


「……な、なんテ気持ち悪いものを見せやガる……!」


 と、魔王軍幹部とか名乗ったやつがちょっとだけ戻ってきた。


「だ、だガ、貴様ごときが、魔王様を満足さセられると思ウな……!!」


「満足、だと……!?」


 その言葉に俺とくねくねは反応する。


「そ、そうダ、魔王様ハ吾輩とは比べ物にならナい……」


「審美眼の持ち主なんだな!?」


「え、違……」


 俺は感動していた。


 俺とくねくねの踊りをちゃんと見てくれて、認めてくれる奴がいるかもしれない!


「ありがとう!!」


「うわああアあ!?」


 俺は感謝のパッションを込めて、再び仮面くねくねヤーになり、さんざん踊りを見せつけた。




「ありがとう、セイ! あなたのおかげで街は救われたわ!」


 町の広場みたいなところ。スーメが俺に感謝の言葉を伝えてきた。


「……いや、俺は、別に救いたかったわけじゃない。情熱のまま動いただけさ」


「でしょうね。でも結果的に街の利益になったのだからオーケーよ!」


 スーメは嬉しそうだ。


 なお、街の奴らは俺たちを遠目に見るばかりで近寄ってこない。なんか嫌悪の視線でヒソヒソやられている。


 ……たぶん、この服のせいだろうな……はあ、そのうち着替えないと。


「それで、セイはいつこの街を離れるの? 早くしてくれると助かるのだけれど」


「……可能な限り早く出立するつもりだ。魔王は俺のくねくねを理解できるかもしれない。できるだけ早く会いたい」


「あ、じゃあ今すぐ出立して! 準備は私が代わりにしておいたからね!」


 そういって荷物がぎっしり詰まったバッグを渡してくる。助かる。


「ここまでしてもらうなんて……悪いな」


「いいのよ、私はあなたに助けられたのだから」


 スーメの笑顔は眩しい。


「じゃあな!」


 俺は旅立つ。誰にも見えないが、くねくねも一緒についてくる。後ろで歓声が聞こえたが、俺は振り向かなかった。


「すまんのう、スーメ…… 大変な役目をさせて」


「いえ、こんな楽な交渉役で5万ならいくらでも喜んで♪」


 なにかの会話が聞こえた。どうやらスーメはなにかの交渉をして儲けたらしい。彼女には世話になった、良いことがあったのなら嬉しい。


 俺とくねくねは魔王城を目指し一直線に進む。ひと月もあればつくだろう。


 ……ちなみに、バッグの中には衣類もぎっしり入っていたが、全て女物だった。




「なんてことだ……」


 ひと月かけて、俺とくねくねは魔王城へたどり着いた。そして魔王にダンスを思う様見せつけた。


 その結果「こんな踊りを見せられ続けるくらいなら」と、魔王は自らマグマにダイブした。


『くね……』


 落ち込むくねくねを抱き寄せる。


 魔王の審美眼ですら俺たちのダンスを理解できないなんて。


「……これからどうしようか」


『くねくね……』


 魔王にすらわかってもらえないんじゃ、もうくねくねを見せる相手はいないのか……


「大丈夫、まだオーディエンスはいるさ!」


 そう、魔物たちは発狂したが人間はまだ残っている。きっとわかってくれる人がいる。


「まずは王様に挨拶だな! いこう、くねくね!」


『くね!』


 俺たちは立ち上がった。新たなるオーディエンスを求めて。





 ……なお、その後、7歳になるお姫様がくねくねを理解し、


 一般大衆が理解出来るレベルまで落とし込んで、可愛らしくアレンジした「ひめさまダンス」が大流行。


 セイとくねくねはそれを踊って一躍トップダンサーになったのだが……



 それはまた、別の話。

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