グランドフィナーレ
それから少ししてルカとダイアナは城でささやかな結婚式を挙げた。
城で働いている人々と何人かの友人、そして家族だけの内輪の式だった。400年前の花嫁衣裳はやっと袖を通す主人を見つけ華々しく皆にお披露目された。
400年経っているにしては随分と保存状態が良好で、若く美しい花嫁に相応しい一式だった。
もちろん完璧に美しい花嫁になったのはエレンの腕前のおかげと付け加えなければいけない。
ロージアン卿は美しい花嫁をエスコートした後、人目もはばからずオイオイと声を上げて泣いた。
レナードと一緒に参列したフランシスはダイアナからブーケを受け取り頬を染めている。
その様子を見ていたエマ夫人はまだ泣いている夫の背中をさすりながら「あなた、そんなに泣かなくてもすぐに新しい娘が出来そうですわよ」と安心させるように囁いた。
ダンの呪いが解けてダイアナになった事を知ったマリーナは仰天していたが、複雑な心境ながらも明るく二人を祝福していた。
パイとルカにしか見えなかったが、リンゴの精霊とウイシュケの精霊も二人のお祝いに駆けつけて来ていた。
リンゴの精霊が降らせた小さな白いリンゴの花はふわふわと二人の上に降り注ぎ、ウイシュケの精霊はお得意のヘンテコな踊りを踊っていた。
少し湿気を含んだ暖かい風がリンゴの花のほんのりと甘い香りを城中に運んでいる。ルカとパイがアルバに来てから1年が過ぎようとしていた。また暑い夏がやって来るのだ。
「花婿さん、ロッシが来れなくて残念だったわね」
「仕方ないさ。向こうに帰ったら会えるんだし」
着替えに戻ったダイアナを待つ間、パイがルカの話し相手を務めていた。挙式の時の緊張がやっと解けたルカは飲み物を片手に寛いでいる。
「あら、花嫁はどこなの?」
そこへ現れたのはバイオレットだった。
「お、来たな」
「え、バイオレットを呼んだの? あんた・・それは・・」
「私が用があるのはパイよ」
「あたし? なんだろ?」
「ここでのパイの後見を頼んだんだよ。妖精の国にも連絡してある。だからパイはここでお母さんと暮らしていけるんだ」
「ほんと?!」
「そうよ、パイが悪い事したら私が懲らしめちゃうんだから!」
「わはーー怖いなあ~」
「ところでルカのお相手って誰なの? そんな人がいるなら早く教えてくれたら良かったのに」
「わっ、ルカってばまだバイオレットに話してなかったの?」
ルカの結婚を突然知らされたヴァイオレットは明らかに気を悪くしているらしかった。
「ロージアン家の呪いを解いたりと、色々あっただろ。話す暇がなかったんだよ」
そこへ花嫁衣裳から普通のドレスに着替えたダイアナが戻ってきた。
「あら、なんだか・・見た事があるような・・」
「バイオレット・・私はダンなの」
「ダンって・・あのイケメン君が女の子になちゃったの?! まあ勿体ない!」
「!!」
「ふふ、冗談よ。でもダンとルカがねぇ・・どうりで私になびかないはずね。どういう経緯でそうなったかはパイに追々話して貰うとして。ま、何はともあれおめでとう、お幸せにね!」
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結婚式から5日後ルカとダイアナはビタリ国に帰国した。
「ロッシ~ただいま!」
アパルトマンのドアを開けるとロッシの大きな声が返ってきた。ミシミシと音を立てる古いドアも、それを震わす様なロッシの大きな声も全てが懐かしかった。
「おお――帰ったか!」
ロッシはルカと抱き合った後、ダイアナに握手を求めた。
「やあ~見違えちゃったなあ。これがあのダンとは・・」
「お久しぶりですロッシ」ダイアナは恥ずかしそうに頬を染めながらロッシの大きな手を握り返した。
その夜はロッシの手料理で大いに盛り上がった。ロージアン家の呪いについて、水の精霊の女王の事、ダイアナになってトッドの呪いが消えた事、ルカがいない間のビタリでの事件。話すことは山ほどあった。
翌日、ロッシは連れて行くところがあると言って二人を引っ張り出した。
ロッシが二人を連れて行ったのは、アパルトマンからそう遠くない郊外の静かな住宅街にある新築の家だった。
家の前ではルカより少し若い年の男が家の鍵を持って待機していた。
「ロッシさん、こちらが家の鍵です」
「おう、わざわざ来てくれてすまないな。ルカ、この家を一緒に探してくれたレッドだ」
「え・・レッド・・?」
「お久しぶりです! あの時は本当にお世話になりました!」
若い男はそういうと深々と頭を下げた。
「レッドは不動産屋に努めているんだ。俺の条件にあう家を苦労して探してくれたんだよ」
「いやそうじゃなくて・・なんでレッドが・・」
「あの後・・ルカさんが俺を庇って逃がしてくれた後ロッシさんが俺を探しだして色々と面倒を見てくれたんです。俺は病気がちな母と二人暮らしで食うのもやっとだったんで・・将来いい仕事につける様にって学校にも通わせて貰いました」
「この家は?」
「新婚の若い夫婦がこんなオヤジと一緒に暮らすのはかわいそうだろう。だから急いで探したんだよ」
「だ、だけど・・こんな立派な家」
「いつかこんな日が来るかもしれないとな、コツコツ貯めておいた金があったのさ」
「ロッシ・・」
(ロッシがずっとボロのアパルトマンに住み続けていたのはそういう事だったのか・・。俺とレッドの面倒を見ながら貯金までして・・)
溢れてくる涙を抑えられず、ルカはロッシに抱き着いて泣いた。
「おいおい、抱き着く相手が違うだろう」
「いいお父さんを持ったわね、ルカ」
レッドもダイアナも二人の絆をもらい泣きせずにはいられなかった。
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数年後・・・・
まだ3、4歳の小さな子供が二人、家の中で追いかけっこをしている。ルカとダイアナによく似た可愛らしい子供達だ。
居間のドアが開きロッシが顔を出すと子供たちは大喜びでロッシに駆け寄った。
だが一人がティーテーブルの脚につまづき床に転んだ。テーブルがぐらぐらと揺れ、テーブルに乗っていた花瓶がその子を目掛けて落ちてきた。
「あっ」とロッシが叫ぶと同時に後ろを走ってきた子の瞳が黄金に輝いた。
転んだ子の上に輝く黄金の盾が現れ、その上に落ちた花瓶をロッシは咄嗟に拾い上げた。
「ふう~危なかったな」
花瓶を元のテーブルの上に戻したロッシは、子供達の手を取りキッチンへ向かった。
「パパとママが帰ってくる前にマカロニを作るぞ!」
「わーい、やったー!」
「マカロニ大好き~!」
キッチンからはマカロニを茹でるぐつぐつという心地よい音と香ばしいソースの匂いが漂って来た。大好きな両親の帰りを待つ子供たちの笑い声で漏れているこの家は大きな幸福に包まれていた。
おしまい。
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