帰ってきたチェスト
レナードとルカから秘密の通路とご先祖様の話を聞いたロージアン卿は驚きと期待の表情を見せた。
「おお! それは良かった! ・・いやご先祖様には申し訳ないが我々には朗報だ」
「これで水の精霊の女王は呪いを解いてくれるでしょう」
「父さんもルカと一緒に行った方がいいのかな?」
「とりあえず俺だけ行きます。卿には近くで待機してもらうほうがいいでしょう」
先代のアラン・ロージアンの遺体を発見してから3日後に、ルカは手帳と指輪を持って湖へ向かった。
「水の精霊の女王よ、どうか俺の話を聞いて欲しい! 今日は確たる証拠を持って来た」
ルカが叫ぶと湖の中央にまた大きな渦が巻き起こった。今度は水柱は立たず女王が渦の真ん中から現れたがその背後に5mはあろうかという水の壁がそびえていた。
「今日で最後だ、私を納得させられる確証がないなら今のうちに謝罪するといい。でなければこの波でロージアンの城ごと全て飲み込んで滅ぼしてやろう」
女王の後ろにある5mの水の壁が襲ってくれば城も何もかも全て飲み込まれてしまうだろう。しかしルカはひるまず、手帳と指輪の小箱を持ち上げた。
「これが証拠だ! 先代のアランがなぜ現れなかったのかこの日記を読めば分かる! アランの遺体は城の隠し通路で見つけたよ」
ルカの前に半透明の水の精霊が二人どこからともなく現れた。そのガラスのような手が手帳と小箱を受け取り、女王まで運んで行った。
女王の視線の先に手帳が浮かび上がり、ひとりでにパラパラとページがめくれて行く。
手帳を読んでいる女王の表情が穏やかに変化していった。すると女王の背後の水の壁が崩れ湖に落ちて行った。
「ニッパー、お前の話を信じよう。この男の気持ちは本当だったようだ。ただ不運に見舞われ約束を果たせなかったのだな。娘は自分がリリーと呼ばれていると話していた。これは私だけが知る事実だ。指輪の内側にもリリーの名がある」
女王は離れた所に待機していたロージアン卿の方に視線を移してまた話し始めた。
「現在の当主よ、誤解とはいえ500年余りに渡りそなたの家を呪った事を詫びよう。たった今呪いは解かれた! 今よりこの土地はまた精霊の加護を得、以前にも増して繁栄するであろう」
そう女王が宣言するとサァ~~っと霧雨が湖全体に降り注いですぐ止み、その後に大きな虹が掛かった。
「ありがとうございます! ありがとうございます!」ロージアン卿は手を合わせて祈るように何度も礼をした。
ルカの前にまた水の精霊が現れ日記を手渡してきた。
「指輪は私にくれるか?」
女王の問いかけにルカはロージアン卿を振り返った。卿は当然のように頷いた。「もちろんです。それはあなたの娘さんの物ですから」
「それではこれはお前に返そう。すぐそれが必要になるであろうからな」またルカに視線を戻した女王は手の平を差しだした。
スーーっと湖の上を滑ってひとつのチェストがルカの足元までやってきた。蓋を開けてみると前回流されてしまった花嫁の衣装だった。ベールも靴も全て揃った状態で綺麗に保管されていた。
ルカの隣に来てチェストの中身を見たロージアン卿が眉をひそめた。
「すぐ必要になる? これが?」
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城に帰ると報告するまでもなく全員が結果を分かっていた。城の塔からみんな見ていたのだ。
「今日はお祝いだね! 呪いが解けたお祝い! ごちそうだね!」
「お任せください! わたしが腕によりをかけて用意いたしますわ!」
パイと手を取り合って喜んでいたバントリー夫人も今日ばかりは満面の笑顔でそう言った。
「あー昨日は食べ過ぎた!」
そう言いながら朝食も綺麗に食べつくしたパイはエレンとダイアナの服選びについて行くと張り切っていた。
だがダイアナは浮かない顔でロージアン卿に問いかけた。
「ドレスなんていらない。それより城をポールに明け渡さなければいけないんでしょう? いつが期限なの?」
「期限はもうすぐだな・・だがちょっと試したい事があるんだよ。レナードとルカ、食後に付き合ってもらえるかな?」
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ロージアン卿は二人に案内されて秘密の通路の奥にある扉の前に立った。
「父さん、鍵が無いんだ」
「北側の地下にもそれらしい鍵は無かったしな・・」
レナードとルカは残念そうに顔を見合わせたが、ロージアン卿は懐から銅鑼を叩くマレットを取り出した。そして先端に付いている毛糸の玉を外すと中から古い鍵を取り出した。
「「!!」」
「私は当主だぞ。ロージアン家に伝わる秘密を知っていてもおかしくないだろう?」
ロージアン卿は得意そうにニコニコしながらそのカギを扉の鍵穴に差し込んだ。
ギィ~~っと金属の鈍い音がして扉が内側に開いた。早速入ってみると天井は低いものの、その部屋はかなりの奥行きがあった。
そしてランタンに照らし出された部屋には沢山の金貨が詰まった箱、純度の高い美しい精霊石が溢れかえる箱、宝石の原石や加工された宝飾品、外国の物らしい置物や絵画がうず高く積まれていた。
精霊石のランタンの光が届かない奥まで、宝の部屋が続いているようだった。
「この国を丸ごと買える位の財産・・」
レナードはぽつりと言った。