通路にあったもの
通路に足を踏み入れるとヒンヤリとした空気が頬を撫でた。入口は水浸しだったがそれほど湿度は高くなく呼吸も問題なかったが、暗く狭い通路は大人の男性一人が真っすぐ立って歩くのが精一杯だった。
先頭にルカが立ち、レナードが後に続いた。通路はわずかに登り坂になっており中に水は入って来ていなかった。6mほど進むと通路はカーブしていた。
カーブを曲がって少し行くと片側の壁が崩れて通路を上まで塞いでおり先に進めなくなっていた。
「これは道具がいるな」
その日の探索はここまでにして二人は引き上げた。
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翌日、またジュードの力を借りて通路を塞いでいた瓦礫を撤去する作業を始めた。
天井まで通路一杯にある瓦礫を3人で撤去するのは大変な労力を要した。
つるはしで掘っては瓦礫を外へ運び出し・・これを何度も繰り返してようやく先へ進めるようになった。
瓦礫の少し向こうには扉があった。そして扉の前には白骨化した人間の遺体がひとつ、うずくまっていた。
「これは随分と古い遺体だな・・」着衣を見てレナードが呟いた。
遺体の隣には大きなトランクがあり、ランタンを近づけてみると白骨化した手には小さな手帳が握られていた。
ルカがそっと手帳を取り出して中身を見てみた。初めの方は領地の商取引のメモやちょっとした覚書だったが、途中から日記になっていた。
11月19日
リリーにプレゼントするネックレスを宝物庫に取りに来た。忘れない様にトランクに入れようとやって来たのだが、気が急いていた俺は鍵をカラドに渡した事をすっかり忘れていた。取りに戻ろうとした時地震が起き、通路の壁が崩れて閉じ込められてしまった。
20日
今日なのかまだ昨日なのか分からないが、しばらく眠ったので20日になっただろう。崩れた瓦礫を取り除こうと頑張っているが大きな塊にぶつかってびくともしない。
水は流れ込んでいるから不自由しないがお腹が空いて力が出ない。トランクに何か入れておけばよかった。
カラドにこの場所をすぐ教えておくのだった。リリーはどうしているだろう。今日は何日なんだ?
一緒に旅立つ約束をした日に俺が現れなかったら彼女はどう思うだろう?
立って歩くことも辛くなってきた。俺はこのままここで死ぬのだろう。リリー、君と一緒に行くことが出来なくなってしまった俺を許してくれ。ロージアン家の財産も地位も何もいらない、君と一緒に生きていく事がただひとつの俺の望みだったのに。
ランタンの精霊石が暗くなってきた。これが消えたら日記を書くこともできなくなる。
この日記を誰かが見つけたらポケットにある指輪をリリーに渡して欲しい。精霊は俺が死んだ後も生き続けるだろうから、たとえ何百年経っていてもリリーは存在しているはずだ。
俺に裏切られたと思い傷付いているかもしれない。決して心変わりした訳ではないのだと伝えて欲しい。
最後まで君を思い続けて俺は死んだと伝えて欲しい。
ここで日記は終わっていた。最後の方は字も弱々しく読むのに苦労したが、アランの気持ちは痛いほど伝わってきた。
ルカは手帳をレナードに渡して、遺体の衣服のポケットを改めた。日記にあるように小さな箱が出て来て中には大きなサファイアが輝く指輪が入っていた。
日記を読み終えたレナードが遺体の前に跪いた。
「なんと辛かった事でしょう・・父さんと同じ名のご先祖様」
「・・これでやっと呪いを解いてもらえるかもしれない」
ルカは箱の蓋を閉めながらレナードに希望の一言を与えた。
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その後遺体とトランクを運び出し、遺体は城の北側に丁寧に安置された。
パイとダイアナもアラン・ロージアンの日記を読んで泣いていた。
「ううぅ・・なんて可愛そうなの! 精霊の話を聞いた時はアランの人でなし~って思ったけど、これはアランも同じ位可愛そう」
「ほんとだね・・私もルカが死んじゃったらどうしよう」
ダイアナがぽつんと放った一言に周りは一斉に反応した。
「なっ、何を縁起でもない!」
「それはぁ大丈夫でしょ? ルカはしぶといよ~」
「ルカ! 君は絶対に死んじゃだめだぞ! ダイアナを泣かせるようなことがあったら・・」
「きゃーっお嬢様ってやっぱりルカ様とそういう関係でしたのね!」
「やっぱりそうなりますわね。何せルカ様の好みの容姿そのままですからね」
上からルカ、パイ、レナード、エレン、そして孫の為にセーターをせっせと編んでいるバントリー夫人の発言である。
「みんな・・いやだわ、もう」ダイアナは真っ赤になった頬を両手で覆い隠して俯いていた。




