見知らぬ女
新月の夜と同じようにルカは必死にダンを看病した。
だが新月の時とは違ってまったく意識が戻らないダンにルカの焦燥は募るばかりだった。
ベッドの中のダンは弱々しくいつもより小さくなってしまったように見えた。
(このままの状態がずっと続いたらどうするつもりなんだ。本当に医者を呼ばなくていいのか? 俺はこのまま何もしないで苦しむダンを見続けるなんて無理だ)
明日はリンゴの精霊に助けを求めに行ってみよう。そう思いながらルカはうとうとして眠ってしまった。
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その女性が目を覚ましたのは自分の部屋のベッドの上ではなかった。
生まれて初めて目が開いた小鹿のように朝日が眩しく、小鳥のさえずりの賑やかさに目が覚めたのだ。
ベッドの傍には男が突っ伏して眠っていた。そっと体を起こして男の顔を覗きこもうとすると先に男が目覚めた。
「ダン、気づいた・・あんた、一体誰だ?」眠そうな目をこじ開けて顔を上げたルカはベッドにいるのが見知らぬ女だと気づき驚いた。
ルカは周囲を見回してからガバッと起き上がったり、女に詰問した。
「なんでそこで寝てるんだ、ダンをどこへやった?!」
「ルカ?」
見知らぬ女に自分の名前を呼ばれたルカは面食らった。そして名を呼んだ女も自分の声に驚いているようだった。
「あ・・」
女は自分の手をひっくり返しながら何度も見て、その手で自分の顔に触れた。そして「鏡!」と一言言うと跳ね起きてバスルームへ向かった。
ルカも慌てて女の後を追った。女はバスルームの鏡を食い入るように見つめていた。
「ああ・・」
女はダボダボの男物のシャツ1枚を羽織って自分の髪を触ったり、頬に触れたりしている。その頬には一筋の涙が零れ落ちた。ベッドの脇にはダンが履いていたズボンが落ちていた。
警戒しながらすぐ後ろに来ていたルカを振り返った女は突然ルカに抱き着いてきた。
「な、な、なんだあんた!」
「ルカ! 分からないの?! ぼ・・私はダンよ!」
「ええええっ! あ・・あんた熱でもあるんじゃないのか?」
ルカは自分がダンだと言い張る女を押しのけまじまじとその姿を見た。
(確かに・・ダンの面影がある。女装した時のダンとよく似ているが・・)
女はルカの視線の先が首から下に注がれていることに気づいた。男物のシャツは大きく袖も長かったが女の胸の膨らみでシャツのボタンが弾けそうになっていた。
キャッというような小さな声が聞こえ、女はバスルームにあったバスタオルを咄嗟に羽織った。
「ルカ、あの・・誰か呼んできて。母さんか兄さんを・・」
頬を染めて、身をくるんだバスタオルには豊かな巻き毛が無造作にかかっていた。白い肌、しなやかで細い指、恥じらいうつむいた瞳には長いまつ毛が影を落としていた。
ぼーっと見とれていたルカはハッとしてレナードを呼びに部屋を出て行った。
レナードだけでなく家族総出で部屋に入った時、女はベッドに腰掛けていた。
「ダイアナ!」
まずエレン夫人が駆け寄って女を抱きしめた。レナードとロージアン卿も後に続いた。
4人は固く抱き合って再会を喜んでいるようだった。
「ああ・・美しい女性に成長してたのね。良かった、本当に良かったわ」
エレン夫人は何度もダイアナの頬を撫でたり髪を撫でたりして涙をこぼした。
早朝からの大騒ぎにパイが眠そうに目をこすりながらルカの部屋に入って来た。
「どうしたの? ダンの目が覚めたの?」
そして見知らぬ女性と抱き合っているロージアン家の面々を見てすっかり目が覚めたパイは、横で言葉を失っているルカをせっついた。
「ねえねえ、どうなってるのよ。あの人誰?」
「いや・・それが・・」
言いかけたルカはレナードによって部屋から追い出されてしまった。
「着替えるからね、説明は後でするよ。男子は外へ出よう」
「あたしは男子じゃない」と抗議するパイも連れて行かれ、一行は階下の居間に集まった。




