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たぬきじゃないパイ


 ルカは床で転げ回っている二人に近づいた。首を傾げながら・・・


「う―ん、耳はキツネ? キツネ・・・ネコ?・・子豚・・た・・た・・たぬき?」


「たぬきじゃな―い!・・・ちっ、ニッパーか。余計な事を」


 正体がバレたと悟った令嬢はロッシから離れ、ドアから飛び出していった。


「なんと逃げ足の速いやつ」


 ロッシもすぐ追いかけたが、ロッシの脇をすり抜けルカが先に廊下に躍り出た。

 前を走る令嬢の臀部には長い尻尾がゆらゆらと揺れていた。


(動揺して正体を隠し切れなくなってるな)


「お―い、尻尾が丸見えだぞ」


 前方の令嬢は廊下に居た父親をはねのけ、向こうから歩いて来たメイドを突き飛ばして疾走していたが、ルカの言葉が耳に入ると尻尾をスルッと引っ込めた。


 プッ、思わずルカは吹き出した。


「止まれ、観念しろ。じゃないと痛い目に合うぞ」


 令嬢は振り返りもせず走り続けた。この間の妖精よりは頭がいいようだ。

 もうすぐ角を曲がってしまう、姿を見失うと厄介だ。


「仕方ない」


 ルカの瞳が黄金色に光った。

 同じく黄金色に輝くロープがルカの手から放たれ、強くしなりながら令嬢の足に絡みついた。


 ダ―――ン。令嬢は前のめりに転び、顔を床に打ち付けた。

「くっそ・・」

 それでも這って逃げようとしたが、足に巻き付いたロープでずるずると引き戻されしまった。


 ロッシが追い付き、本物のロープで令嬢の体をグルグル巻きに拘束した。

 更に後からやって来た伯爵が目を丸くして言った。


「こ、これは・・私の娘じゃない。娘はどこだ!」


 頭にはキツネの様な耳。そしてまた現れた長い尻尾を見て伯爵は驚愕した。


「フン」令嬢に成りすました妖精はそっぽを向いた。


「令嬢に何かあってみろ、お前の罪は相当に重くなるぞ」ロッシの睨みは治安警備隊長としての貫禄に満ちていた。


「地下の・・倉庫にいる。何もしてない、元気だよ!」




 妖精の言う通り地下に令嬢は居たが、監禁されてはいなかった。


「あの子が・・お父様が浮気をしているから懲らしめてやろうと言ったの。私が居なくなればお父様が心配して浮気どころではなくなるだろうから、しばらくここに隠れる作戦をたてました・・」


 妖精に騙されていた事を知り、しょんぼりしながら本物の令嬢は白状した。


 地下の倉庫は綺麗に整えられ、普通の部屋のように快適だった。小さな窓から明かりも取れ、食事は妖精がキッチンからこっそり運んでいたらしい。


「手の込んだイタズラをするものだ・・」

「しかし、妖精が人間に化けるとは知りませんでした」


 ルカたちは最初に通された部屋に戻ってコーヒーを飲みながら一息ついていた。


「あの子が妖精だったなんて本当にびっくりしたわ。どこから見ても普通の女の子だったもの」


 心底驚いて目を丸くしている伯爵令嬢は、ルカの想像よりもはるかに子供だった。


(あーぁ 残念だけど俺にはお子様すぎるな・・・)


 ルカの小さな失望をよそにロッシは説明を続けていた。


「精霊石、妖精があれを体内にエネルギーとして摂取すると変化(へんげ)することができるのです」

「照明や暖房に使う、あの石ですか?」

「精霊石の中でも純度の高い、希少な物だけが使えます」ルカが補足した。


 精霊石は宝石と鉱物の中間のような物だ。ただし、偶然にしか手に入らない。精霊石が眠っている鉱山があるわけではなく、精霊が宿る全ての物から手に入る。


 野菜を切っていたら出てくることもあるし、花を植えようと土を掘ったら出てくることもある。強い風が吹いた後にどこからか転がってくる、なんて事もある。


 この精霊石を照明器具にはめると明かりが取れる。真っ赤な石は熱を帯び暖房器具に使える。1年ほど使うと消滅するが、精霊石は色んな場面でポロポロ出てくるので困らない。蓄えておくことも出来るし、売ることも出来る。

 だが独占することはできない。精霊から皆が平等に与えられる物なのだ。


「運よく希少な精霊石を手に入れた妖精が、こういうイタズラをする事があるんです」

「そうでしたか・・いやぁこの1か月、最高級のチーズや肉を要求されて食費が3倍に膨れ上がっておりました。娘も無事でしたし、本当に助かりました」


 感謝する伯爵夫妻と無邪気に手を振る令嬢を後に、警備隊本部への帰路についた。

 もちろん、未だ暴れる妖精を連れて。



 


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