ルカの献身
「崩れて放置された石橋の残りがどうなったか、調べた方が良さそうだな」
今日の所は石橋の件が一番の収穫だった。ルカは水の精霊と再び交渉した事を話したが後半のダンとのやりとりはもちろん省いた。
「それ・・湖に引きずり込まれてたら危なかったんじゃ・・」
「ああ、おいそれと話しかけることも出来ないな」
レナードはルカの話を聞いて背中に冷たいものが流れるのを感じた。
「ルカ・・弟は、ダンは普通の人間なんだ。ニッパーでも警備隊でもない。危険な事には巻き込まないでくれ」
「すまない、レナード。俺がもっと気を付けるべきだったよ」
「頼む。ダンは君にとても懐いているから・・」
レナードも薄々は気づいていた。弟がルカにどういう感情を抱いているのかを。だとしてもダンが危険な目に合うのを黙って見ている事は絶対に出来ない。ルカの傍にいることがダンの幸せだとしても。
3人の報告会がお開きになってレナードが部屋に戻るとパイはルカに詰問した。
「ダンを怒らせたんでしょ? やっぱりバイオレットにするわけ?!」
「どうしてみんなバイオレットと俺をくっつけたがるんだ!?」
「でもダンはルカに怒ってるんでしょ?」
仕方なくルカは湖での話の後半にあったことを白状した。
「わお! それは予想外!」
「でも同情してほしくないって言われたよ」
「それはルカがはっきり言わないからでしょ。ダンが納得できるようにしないと!」
「納得できるように・・かぁ」
___________
翌日は新月だった。
ダンは少し風邪気味だと理由をつけて早い時間から自室に籠った。
パイはいつも通り汗を拭くタオルや飲み水を用意してダンの部屋へ持って行こうとしていた。
「それ、ダンに持っていくのか?」
キッチンから出たところをルカに呼び止められたパイは正直に答えることにした。
「そうだよ。熱が出るから喉も乾くし、汗もすごいんだ・・」
「今日は俺がそれを持っていくよ」
(どうかな・・ダンはルカに苦しんでる姿を見せたくないと思うんだけど・・)
「置いてくるだけにするよ・・」
パイが言いたいことはルカにも分かっていた。それでも様子を見に行かなければいけないという思いの方が強かった。それは決して義務や義理という感情ではなかった。
パイからタオルや水差しを受け取ったルカはダンの部屋をノックした。そろそろ日が落ちて暗くなってきた頃だった。
「ダン、ルカだ。水とタオルをパイから預かってきた。入れてくれ」
「ルカ、それは・・部屋の前に置いて行って」
中からは弱々しい声が帰ってきた。
「入れてくれ、傍に付いていたいんだ」
「だめだよ・・ルカには見られたくない。自分のせいだって思って欲しくないんだよ」
少し間があってからルカの返事がダンの耳に届いた。
「分かった・・置いていくよ」
ルカがいなくなるのを見計らってダンはドアを開けた。タオルを抱え水差しに手を伸ばしたが力が入らず水差しを倒してしまい、水は全て流れてしまった。
諦めて立ち上がろうとすると、ふっと体が軽くなった事に驚いたダンは、いつの間にか戻ってきていたルカが自分を支えていることに気が付いた。「戻ってなかったんだ」
「ああ。俺は言い出したらきかない性質でね。もう一度水を取ってくる。お前は寝てろ」
ダンはもう反論する気力も無かった。黙ってベッドに倒れこみ、そのまま痛みが襲ってくるのをじっと覚悟して待っていた。
ルカはダンの汗を拭き、冷たい水で冷やしたタオルを額に当てた。ダンの痛みには波があるようで、今まで痛みで悶え苦しんでいたかと思うと、スッと穏やかな表情に戻るのを繰り返していた。
ダンの痛みが引いた時には水を飲ませてやった。だが自分の身代わりになったダンに自分に出来る事はたったこれっぽっちなのだとルカはその晩思い知らされた。
「ルカ・・一晩中ついててくれたんだね」
ベッドの脇の椅子に座ったまま眠っているルカに毛布を掛けながらダンはそっとルカの髪に触れた。
「う~ん・・お、もう平気なのか?」
「ごめん、起こしちゃったね。少し肩が痛いけどもう平気。あの・・ずっと付いててくれてありがとう」
「これからは俺がパイの代わりに付いてるよ。俺もその方が安心するから」
ダンははにかみながら頷いた。
「朝食の時間かな? お腹すいたね!」




