ルカの苛立ち
「お前達・・なんて無謀なことを」
「だってルカを救うためにはこれしかなかったんだもの!」
「ロッシも知ってて黙ってたのか?!」
「初めはロッシが代わりになるって言ったんだけど、ええと・・ルカが知ったら自分を責めるだろうからってダンがロッシを説得したの」
その時ドアが開いてダンがよろよろと入って来た。「パイを責めちゃだめだよルカ」
「ダン! 大丈夫なの? 早くここに座って」
パイの隣に崩れるように座ったダンは一息ついて話し始めた。
「ルカの命がもう1か月持たないって言われてたんだ。方法は他になかったんだよ」
顔が赤くなって目が潤み、ふらふらしているダンを見てルカは尋ねた。
「それ・・その症状が出る条件があるのか? ビタリから戻って来て今までは平気だったよな?」
「月の加護が無くなる新月に・・痛みが少しだけ出るんだ」
「ほぼ1か月に一度じゃないか!」
「でも死ぬわけじゃない! ルカは死にそうだったんだよ! ルカが死ぬくらいならこんな痛み・・」
ルカは大きくため息をついた。
「お前に礼を言うのが先だったな・・俺の命を救ってくれて感謝してる・・」
ダンは痛みを必死に堪えながら笑顔を作った。
「ルカ、父さんたちには内緒にしてくれるよね? 余計な心配かけたくないんだ。じゃあ僕、戻るね。パイ・・悪いけど部屋まで送ってくれる?」
パイに支えられて部屋から出るとダンは肩を抑えて屈みこんだ。
「はぁはぁ・・」
「薬は・・飲んだの?」
「うん」
(それってルカに痛みはそんなに酷くないと思わせたかったからだよね・・人間って愛する人の為にそこまで出来るんだ・・あたしは・・お母さんの為ならできるかな・・)
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翌日、痛みが引いたダンは父親と話をすべく書斎のドアをノックした。
「ダニエル、どうした? 領地で何か問題でも?」
ダンの深刻な顔を見てロージアン卿は不安を感じた。
「父さん! 問題なのはこの城だよ!」
「ああ、ランバート公に聞いたんだな。ご先祖様には申し訳ないが呪いを解くほうが重要だからな」
「もう売買契約は成立してるの?」
「いや、正式にはまだだ。私が条件として先に北の改修工事を頼んだから、それが終わってから他の老朽化した部分を直してホテルにするらしい・・」
「ホテル!? じゃあ全ての工事が済んだら引き渡すの?」
「段取りとしては・・そうだな。ホテルとして使えないなら買わないと言っていたが、昨日城を見て回っていけそうだと話していたよ」
「母さんと兄さんは知ってるの?」
「さっき話したよ。驚いていたが納得してくれた、だからお前も・・分かってほしい」
ロージアン卿の顔には固い意思が現れていた。
ダンは昨日のポールの提案を思い浮かべながら父親の書斎を出て行った。
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ダンが家の問題に頭を抱えている頃、ルカはリンゴの精霊と話をしていた。
「ふふふふ、ご機嫌斜めね。せっかく命が助かったんだから・・いいじゃないの」
「その事は・・俺を助けるために仕方なかったのかもしれないが・・」
「ロージアンの美しい弟が心配なのね。ルカ、私も痛みを緩和する薬をひと瓶だけ与えてあげられるわ。泉の精霊もきっとあげたでしょうから、それが無くなったら私の所へ来るといいわ」
「そんな物があるのか! それは助かる、そうさせてもらうよ」
ルカの顔に希望が宿るとリンゴの精霊は去って行った。
精霊が去った後、ルカは体力を元に戻すための鍛錬を再開した。
坂を駆け下りてはまた走って上がり、リンゴの木の間を縫いながら走ったり、黄金のロープを出してリンゴの木に素早く巻き付ける訓練をしたりしていた。
両手にロープを出したり、片方はチェーンにしたり・・無心にやっていたつもりが頭の中に昨日のポールの顔が浮かんできた。
「何が『愛しのダニエル』だ! あのいやらしい目つき! ダンを助けたいい奴かと思ってたのに、下心ありありだったんだな」
「何一人でぶつぶつ言ってるの?」
いつの間にか近くに来ていたパイが不思議そうにルカを見ていた。
「何でもないよ、ちょっと・・昨日のポール奴の事を考えてただけだ」
「あーあれは・・相当きてるね‥ダンってばシャツ脱がされて何されたんだろう」
ボキッ! ルカのロープがリンゴの太い枝に絡みつき、勢い余ってその枝を折ってしまった。
「わわっ、ルカってば何やってるの!? リンゴの精霊に叱られちゃうよ」
「あっやばい・・つい力が入っちまった」
ルカは折れた枝を元に戻そうと、くっつけてみたり、こすったり・・必死に無駄な努力を続けていた。