ポール・ランバート
その頃パイは中央広場にある高い建物の屋根からみんなの様子を眺めていた。
「あーあ なんだかこじれちゃってますよぉ。レナード組みはいいとして・・マリーナはダンが好きでダンはルカが好きでバイオレットはルカが好きで・・ルカはどうなのよ!?」
マリーナはダンスをやめて一人で帰って行った。一人残されたダンに声を掛ける男がいた。
「や、久しぶりだね」
「ランバート先輩!」
「だからその堅苦しい呼び方はよしてよ。ポールでいいから」
ポール・ランバートは相変わらずスマートで一見派手ではないものの金のかかった装いに身を包んでいた。
「マリーナは行っちゃったみたいだね」
「ええ・・」
「仕方ないさ、マリーナはいい子だけど君には釣り合わないよ。彼女はどうみても平凡だもの」
「彼女は大切な友達です、そんな風に言わないでください」
「あはは、ごめんごめん。ムキにならないでよ。あーほら前の約束、覚えてる?」
本当は覚えていないとダンは言いたかった。だが前回エルトンを追い払ってくれた恩もある・・。
「ええ。すみません招待するのが遅くなって。お祭りは今日までですし明後日ではどうですか?」
「明後日だね! 改修中の場所も見たいし丁度良かったよ。じゃお茶の時間に伺うよ」
(明後日か、迎える準備をしないとな。ポールは彼の国じゃ位の高い貴族だ。お茶についても色々うるさそうだし・・それにしても北の建物を改修中ってどうして知ってるんだろう)
「とうとうキザ男が来るのか!」
「ルカ! それ本人の前で言わないよ、絶対怒るよ」
お茶の支度の進行具合を見に行ったキッチンでダンはルカに釘を刺した。
「え、何なに? キザな男が来るの?」
「絶対ルカと気が合わなさそうなタイプなんだ・・」
「そうか? 案外意気投合して仲良しになっちゃうかもよ?」
「ポールは彼の国じゃ王室に次ぐ位の高い貴族なんだ。しかもお金持ちだし・・気取って見えるけどあれが普通なんだと思う」
「じゃお金持ちで気取っててルカと気が合わないんだ。ま、ルカは気取ってるの嫌いかもね。でもそれってあたしの趣味と合うかも! イケメンでしょ? ダン寄りの!」
「パイが好みなのは金持ちって所だけじゃないのか?」
「うわーヒドイこと言うねこの男は。バイオレットを呼んできてお説教してもらうからね!」
「姉弟喧嘩みたいですわね、坊ちゃまはレナード様と仲がよろしいのに」
バントリー夫人は器用にケーキにクリームを塗りたくっていた。
「「あたしたちは・おれたちは姉弟じゃない!!」」
____
ポールは時間通りに現れた。
パイがどうしてもポールに会ってみたいというのでお茶の席に連れてきた。
ポールは紳士らしく「可愛らしくて素敵な妖精さん」とパイの事を呼んで歓迎した。
お茶を(中身はほとんどミルクだったが)1杯飲んだパイはお上品に退席した。
すぐキッチンに向かったパイはみんなにポールの事を詳しく報告した。
「ダンの言った通りだった! すごく品が良くてイケメンであたしのこと『可愛らしくて素敵な妖精さん』だって!!」
エレンがうっとりしながら同意した。
「お茶をお運びした時もとても優しく礼を言ってくださいました! ああいうのが本当の紳士って言うんですね!」
「じゃあ俺もこれからは礼を言う事にするよ・・」
「ルカだっていつも言ってるじゃない『ありがとな!』とか『おう、悪いな』とかね」
エレンは笑いを堪え切れず、吹き出していた。
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その頃ダンはポールに城を案内して回っていた。
初めに北の改修工事を見たいというリクエストに応えて北から西側と反時計周りに歩くことにした。
「改修工事は順調みたいだね。歴史的価値ある建物だから慎重にやってるみたいだ」
「ポールはどうしてうちが改修工事をしてることを知ってるんです?」
「ああ、それはまた後で話すよ。君に相談したいこともあるし」
古く大きな城を隅々まで案内するのは結構な時間を要した。まだ東側を回っていないが外は真っ暗になっていた。
「残念だけど今日はここまでかな」
「そうですね、未使用の部屋の周りは明かりも入れてませんから暗いですし」
二人は以前にもルカを案内したことがあるロージアン家の肖像画がびっしり並べられた長い廊下来ていた。
「これはまた立派な肖像画だな。有名な画家が描いた物もあるね。へぇ~この人は君の面影があるね」
ダンは疲れて来ていた。体も熱っぽくなってきて集中力が途切れつつあった。
「ダニエル、大丈夫? 顔が赤いよ」
ポールは廊下の端にある長椅子にダンを座らせて自分も隣に腰かけた。
「具合が悪いの? それとも・・僕を誘ってるの?」
ダンは驚いてポールを見た。
「そんな潤んだ目をして僕を見るなんて。まあ・・君がマリーナや他の女の子に興味がないのは初めから分かってたけど」
ポールはダンの頬に手をあてもう片方の手でダンの髪をかき上げた。
「君は本当に美しい人だ。僕も君にはかなわない」
ポールの唇がダンに触れたがダンは何故か抵抗する力が出なかった。腕も鉛のように重く持ち上がらない・・。
(しまった! 今日は新月だったんだ。嫌だ・・嫌だ・・やめてくれ・・誰か・・助けて)
「やめ・・て・くれ」声すらかすれてしまう。
ダンは顔を背け必死に抵抗しようとしたが体は全くいうことを聞いてくれなかった。




