水の精霊の女王
精霊はこちらが会いたいと願ってもそうそう現れてはくれない。
精霊石が思いもかけない時に手に入るように、ニッパーといえど何時でも好きな時に会えるわけではないのだ。
ロージアン卿に同行をお願いしてからもうひと月近く、毎日湖を二人で散歩する日々が続いた。
これが若い男女なら楽しい逢瀬であり、デートと言えたかもしれない。
「なかなか出て来てくれないものですな」
「そうですね。呪いを掛けるくらい怒っているんだから当然といえば当然でしょうが・・」
突然ロージアン卿は湖に向かって大声を張り上げた。
「水の精霊さま~~わたくしはアラン・ロージアン2世です。現在のロージアン家の当主であります。どうか姿を現して話をさせて頂きたい」
湖の中央辺りが突然ぐるぐると渦を巻き始めた。大きな渦から5つの別の渦が発生し、そこから巨大な水柱が突き出てきた。土砂降りの雨の様な轟音が響き5本の柱の中央から一人の女性がまるで透明な扉を開けるようにして現れた。
「アラン・ロージアンだと! まだ生きておったのか!」
ルカが今まで見た水の精霊とは違って外見はほぼ人間だった。透明でもなく髪が水色でもなく普通の美しい一人の人間に見えた。
違うのは大きさだった。身長は3mほどはあろうかと思われた。そしてその青い冷淡な目は怒りに燃えていた。
ロージアン卿はその堂々たる姿に目を剥いていた。なぜかロージアン卿にも見えるらしかったのだ。
「今までどこに雲隠れしておった?! お前のせいで・・お前のせいで娘は・・娘を返せ! さもなくばお前が代わりに命を差し出せ!」
この精霊の怒りは凄まじかった。一言発する度に湖面はびりびりと震え水柱が竜巻のように回転し、水しぶきが雨のように降り注いだ。
遠くからでも認識できるほどの規模で起こったこの事象はもちろん城からも全てが見えていた。
ちょうど城に帰宅していた二人の兄弟も驚いて湖に駆けつけてきた。
「父さん! これは一体??」先に到着したレナードが父親の横に立った。
「私にも分からん・・精霊さま! 私は雲隠れなど致しておりません。生まれてから51年、ずっとこの城で暮らしております」
大きな精霊はずぃ~~っと流れるように前に出てきた。そしてギロリとロージアン卿を見下ろした。
遅れてダンもやって来た。精霊はダンに視線を移した。
「嘘は言っておらんな。ふん、そうかお前は子孫だな」
「どうか我が家に掛けた呪いを解いてください。何でも致します、私の命でよければ差し上げます!ですからどうか・・」
膝をつき懇願する父の姿を見て兄弟達は慌てて止めに入った。
「父さん、命を差し出すなんてだめだ!」
「そうだよ、兄さんの言う通りだ。呪いを解くために死ぬなんて! このまま・・このままで大丈夫だから!」
「子孫のお前の命などいらぬ! ロージアン家は呪われたままこの世から滅亡するのだ」
そう言うと精霊はまた湖の中央に戻り水柱の真ん中に消えて行った。水柱が回転して湖面に沈むと突風が吹き上げた。突風は地面の小石を巻き上げ空からぱらぱらと小石が降ってきた。
「っつ!」
大きめの石がダンの額を直撃しダンの額の生え際から血が流れた。
「ダン!」
「いったーー・・」
レナードはすぐポケットからハンカチを取り出しダンの額に当てた。
「ありがとう兄さん。僕はついてないなぁ」
「すまない、ダン。私は何もできなかった・・」
「父さんのせいじゃないよ」
ダンは額をハンカチで抑えながら、もう片方の手で父の肩にそっと手を置いた。
「これで・・誰が呪いを掛けたかはっきりしましたね」
「しかし呪いを解いてくれそうには見えなかったな」
「糸口が掴めたんですから、何か手があるはずです」
「そうだな、わたしが諦めてはいかんな・・」
「ダン、城で手当てしよう。我々もびしょ濡れだ、戻って着替えましょう」
レナードの言葉に一同は城へ戻った。
「ダン! その傷はどうしたの!? あなた、湖で何があったんですか?」
「母さん大丈夫だから。風で巻き上がった石が落ちて来て当たったんだ」
「エレン~エレン~薬箱を持ってきて。ダンはこっちへいらっしゃい」
ダンはキッチンに連れて行かれ、ルカ達は着替えた後ロージアン卿の書斎に集まった。




