ダンの心の痛み ロッシの帰国 最初の新月
今日は新月じゃない。
新月じゃないはずなのに何故こんなに心が痛むんだ。
ダンはボトルを玄関ホールに置いたまま自室に駆け込んだ。ベッドに倒れこむように横になると涙が溢れてきた。
(バイオレットはあんなに美人で魅力的なんだ、ルカが好きになってもおかしくない。そしてバイオレットは女性だ。僕が逆立ちしたって敵わない。そもそも対抗しようと思う方がおかしいんだ。でもあんな場面は見たくなかった、ルカがキスしてる場面なんか!)
ルカがバイオレットを送って城に戻るとロッシが待っていた。二人はルカの部屋に引き上げ、久しぶりの二人は積もる話に花が咲いた。
「お前、あのべっぴんのニッパーとは・・」
「いやいやいや・・まだ何もないよ」
「まだねぇ」
「そ、それよりさ、いつまで居られるの?」
「すまんが長居は出来ないんだ。明後日には帰らないと」
「そうか・・仕方ないよな。隊長が長い事留守にするわけにはいかないもんな」
「もともとお前の無事を確認したらすぐ帰るつもりだったからな。パイも元気そうだし。いい子になったなアイツは」
「色々あったからな。まだまだ話すことが沢山あるよ」
「当初の目的はどうなった? ロージアン家の呪いは?」
「うーん、ほとんど進んでないな。ただ呪いを掛けたのは精霊らしいという事は分かった」
「精霊が人間を呪うなんてよっぽどだな・・」
「俺もそう思う。なんせ何百年も昔から続く呪いだから調べるのに一苦労なんだよ」
「精霊絡みならレオーニの助けも借りられるかもしれん。何でも言うんだぞ」
「ああ、そうするよ。ロージアン家の為にも早く呪いを解いてあげたいしな」
話は尽きなかったが、まだ病み上がりだから早く寝ろよとロッシはルカの部屋を出て行った。
翌日朝早くルカはリンゴの古木の前に来ていた。
「いつもリンゴをくれてありがとう。本当に助かったよ。俺の命が繋がったのはあんたのおかげだ」
「ふふふっ。ルカ、あなたにはまだやることが残っているわ。期待してるわよ」
今日はリンゴの精霊は声だけで姿を現さなかった。でもいつもと同じように真っ赤なリンゴをひとつルカの足元に転がしていった。
明日にはロッシが帰国してしまうのでこの日はパイとダンがロッシにアルバの街を案内することになった。ルカも行きたがったが「お前はまだ安静にしてろ!」とロッシに言い含められてルカは断念した。
アルバの街の観光を堪能したロッシは翌日に帰国の途についた。
それから1か月もするとルカは以前の健康をほぼ取り戻していった。
そしてその1か月の間には新月が含まれていた。
泉の精霊の言った通り、新月の夕方になると熱にうなされて意識が朦朧とし始め、月がすっかり隠れてしまうとダンの肩には激痛が走った。ルカがトッドに噛みつかれた辺りが同じように赤く盛り上がり息をするのも辛い程の痛みだった。
部屋に閉じこもったダンはパイだけに入ることを許可した。
「水を持ってきたわ。さ、飲んで」
「ありがとう、パイ」
激痛に苦しむダンを見てパイは心配そうに言った。「精霊から貰った薬・・飲んだほうがいいんじゃない?」
「う、うん。だけど・・はじめ、ハァハァ・・から薬に頼っていられない・よ。な・んとか・・我慢でき・るから」痛みに耐えながら返事をするのもやっとの事だった。
誰も部屋に入れないようにと念を押されてパイは部屋から出た。
(ダンが望んだこととは言ってもあんな苦しみを1か月に1度も味わうなんて・・・ダンが可愛そう)
ルカは治安警備隊にも復帰して時々任務に駆り出されるようになった。
その過程で出会った精霊や妖精にロージアン家の話を都度聞いた結果、どうやら呪いを掛けたのは水の精霊ではないか? とルカは結論づけた。水の精霊がロージアン家に関わる事を禁止されているのは周知の事実らしかった。
(パイ達が聞いた「女王様に叱られる」という言葉は水の精霊の女王を指しているのかもしれないぞ・・精霊の女王。俺に太刀打ちできるのか??)
ここまでの調査の結果をルカはロージアン卿に報告した。
「調査の結果というほど進展してないんですが・・」
ルカが一通り報告するとロージアン卿はなるほど納得がいったという風に何度も頷いた。
「ええ、ええ、分かりました。うちは水辺にある城ですからね。水の精霊と何らかの関わりがあって当然かもしれませんな」
「それで・・呪いについての詳細は話せないとの事でしたが、この家の方々は誰が呪いに掛かっているかご存じですか?」
「家族と執事は知っております」
「何百年にも渡って呪われ続けているということはアルバの土地の人間でロージアン家が呪われているということを知っている人もいると考えていいのでしょうか?」
「今生存している人間で知っている者はほんの僅かでしょう。先代の頃には呪いは発動しておりませんからな・・」
「俺はロージアン家の女性にのみ呪いが発動していると見ています。結婚や養子などでこの家に入られた方ではなく、ロージアンの血を引く女子のみに」
書斎のデスクの上に組まれたロージアン卿の指がわずかにぴくりと動いたような気がした。
「ロージアン卿は確か1人っ子でいらっしゃる?」
「そうですな・・」
ここでルカは少し考えにふけった。
「では卿にお願いがあります。湖へ行って水の精霊と話をしたいのですがご一緒いただけますか?」
「承知しましたぞ。いつでもお供いたしましょう」