泉の精霊
「泉の精霊、それだけしか分からないの」
夕食の席でバイオレットに報告したパイは申し訳なさそうな顔をした。
「それだけでも大収穫じゃない。泉の精霊に聞けばきっとどうしたらいいか分かるはずよ」
「泉ってここら辺にあったかな?」
レナードが父親に尋ねたがウイシュケでぼんやりした頭には何も浮かんでこなかったようだ。
「私も聞いた事がないわね。小さな滝なら見たことがあるけど・・」
「母さん、それはどこ?」
「あなた達が行った川のもっと上流よ。夏になったらそこで泳げるほど綺麗な所よ」
翌日、図書館でこの国の地図を調べたバイオレットとパイは首都から南に2時間ほどの場所に泉があるのを見つける事ができた。
「今度は私とパイで行きましょう。水の精霊二人が言ってた事がちょっと気になるの」
「ダンがロージアン家の人間か聞いて来たこと?」
「そうなの。話をすることすら禁じられてる様に聞こえたわ」
「そうだよね、バイオレットもそう思うよね。分かった。明日朝早く二人で行こうよ」
ダンも城に残ることに異存は無かった。ダンも二人と同じように、水の精霊が自分を避けていると昨日分かったからだ。
昼頃ルカの部屋へガーゼを取り換えに行くと、青黒いシミはもうルカの半身を覆うほどに広がっていた。食事もスープとわずかなパンを口にするくらいでルカの頬はすっかりこけてしまっていた。
「俺、そんなにひどい顔してるか?」
「うん、もっと食べて体力をつけないと。いい男が台無しだよ」
「いいさ、今度はやつれて同情を誘う手で行くさ」
「ははっ、ルカはブレないね」
笑いながら食器を片付けて部屋を出たダンの笑顔はたちまち崩れた。
ルカの前では泣けない・・走って外にでたダンはリンゴの林を抜け、リンゴの古木に寄りかかり泣き崩れた。
(ルカが、ルカが死んでしまう・・。僕が初めて好きになった人なのに。どうしたらいいんだ・・せめて僕が代わってあげられたらよかったのに)
膝を抱えて泣き続けるダンの足元をコロコロと真っ赤なリンゴが2つ転がってきた。
「え? この季節にどこから・・」
ルカがリンゴの精霊に会った話をダンは思い出した。すぐさまリンゴを拾い上げ城に戻ったダンはキッチンでリンゴを切り分けルカに持って行った。
精霊のリンゴのおかげでルカの顔色は少し回復した。呪いの症状が消えたわけではなかったが、その夜は食欲も戻り普通の食事をとる事ができた。
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一方パイとバイオレットは首都近くの泉に来ていた。
「精霊を呼ぶ方法があればいいのにね」
「確実じゃないけれど、試してみたいことがあるのよ」
バイオレットは大きめのバッグから1本のワインを取り出した。それを惜しげもなく泉にどぼどぼと全て流しいれてしまった。
「わわっ、大胆だね」
「水に関わる精霊はお酒が好きな人が多いと聞いたことがあるの」
果てしてその噂は本当だったようだ。
「僕はシャンパンが良かったんだけどな~」
まだ15歳にも満たないように見える少年がワイングラスを片手に泉の中から湧き出てきた。水中からでてきたのに彼はどこも濡れていなかった。
水の精霊のように全身ガラス・・ではなくガラスの向こう側にいる人といった不思議な外見をしていた。
パイは思わず、「子供がお酒を飲んでいいの?!」と口走ってしまった。
「やだな、妖精のくせに。お前だって見た目と年齢が合致しないじゃないか」
「あーー・・」
「はははっ変なヤツ!」
「ねえ、その変なヤツの頼みを聞いてよ」
「面倒なのはイヤだなぁ」
「聞いてくれたらシャンパンも差し上げるわ」
バイオレットはバックからもう1本のボトルをチラッと覗かせた。
その泉の精霊はシャンパンのボトルを見るとパイの願いを快諾してくれた。ロアの呪いを解く方法を教えてくれると。
バイオレット達は精霊にボトルを献上し、急いでまた城への帰路についた。