本来の姿に
ルカの症状に初めのうちは痛み止めも効いたが2日後にはそれも効果が薄れて行った。
パイに連絡を受けたバイオレットが城に見舞いに訪れた。
「随分悪化してるわね・・」
「痛みでよく眠れないみたいなの」
客間でパイと話をしているところへダンが入って来た。
「あら、この間のイケメン君」
バイオレットの淡々とした態度もバイオレット自体も気に食わなかったが、今はそれどころじゃない。ニッパーなら何か分かるかもしれないと藁にも縋る思いでダンはヴァイオレットの見解を待った。
だがダンの期待は裏切られた。
「私も色々と調べてみたんだけれど、ロア絡みは事例が少なすぎて何も分からないわ。だから妖精国へ連絡してみる。パイは妖精の知り合いや精霊に聞いてみて欲しいの」
そしてチラッとダンを見てバイオレットは言った。
「イケメン君は・・ルカの看病を頼むわ」
「分かった。他には?」
「今のところは無いわね。そんな顔しないで、妖精やロアが相手じゃ普通の人間は何も出来なくて当たり前よ」
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パイがまず向かったのはウイシュケの精霊だった。
リンゴの季節は終わっていたのでバントリー夫人が教えてくれたスコーンを作って持参した。
「ふむ。妖精のパイはお困りのようじゃの」
二人並んでスコーンを食べながらパイは頷いた。
「こっちはクロテッドクリーム、こっちはブルーベリージャム。あたしはクリーム派」
「ふむ。わしは半分ずつ付けるのが好きじゃ」
「あっ、それ思いつかなかった・・」
水筒からミルクを飲み、パイは本題を切り出した。
「あたしね、お母さんに会えたの。兄さんとは・・うまくいかなかったけど。あなたのおかげです。ありがとう」
「ふむ。その外見も悪くない。わしは何もしとらん。ルカの具合は・・」
「何か知ってますか?」
「ふむぅ。良くない状態だとは分かるな。非常に良くない」
「ど、どうしよう・・ルカ・・死んじゃう?」
「死なせたくないのぅ。ふむ・・パイは父親も探すべきじゃの」
「えっ、風の精霊を探すの?」
「ふむ。急げ妖精のパイ。時間はあまりない」
最後の1個をぱくりと口に入れて精霊は消えた。そこへ琥珀色をした美しい精霊石がコロコロとパイの足元に転がり込んできた。
「うわーすっごい綺麗。これ・・変化に使えそう」
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ダンは蒸留所の仕事の一部を城に持ち帰った。今日もルカの部屋のデスクで仕事の手紙を書いていた。
「う・・ダン?」
「ルカ! 気が付いた?」
「あれから俺、どれくらい眠ってたんだ?」
「3日くらい。何か食べないとだめだよ、今スープを持ってくるから。傷は痛む?」
「ああ、急に痛み出すな・・。食欲は無いんだ、悪い」
「ダメだよ、もう3日も食べてないんだよ。お願いだから何か口に入れてよ」
ダンは暖かいスープと蜜漬けにしたリンゴを持ってきた。
「リンゴ・・うまいな」
少しだけ食べたルカはまた横になったが、傷が痛むのか時々顔をしかめていた。
塗り薬はほとんど効果がなかったが、ルカは毎日傷に薬を塗りガーゼを取り換えた。青黒いシミは少しずつ広がっており、腕のほうまで浸食してきていた。
パイは風の精霊を探すため、もう一度母親の屋敷を訪れた。だが収穫は何も無かった。
「パイ、ごめんなさいね。何の役にも立てなくて。それにトッドの事でも迷惑をかけたわね」
「大丈夫。あたしはまたお母さんに会える口実が出来て嬉しいし。兄さんの事はお母さんの方が辛いよね・・ずっと一緒に暮らしてきたのに」
「そうね、かわいそうなトッド。あの子も昔はとてもいい子だったのに・・・私はトッドを忘れないわ。パイも兄がいた事を忘れないでいてあげて」
母親の手を握り、パイは強く頷いた。
「そういえば・・その姿は囮捜査の為だったわよね? パイの・・本来の姿にはなれるのかしら?」
「うーん、新しい精霊石があれば元に戻ってそのまま実体化していられると思うんだけど。この姿を解いちゃうと、ニッパーにしか見えなく・・あっそうだ!」
先日ウイシュケの精霊が落としていってくれた石があったんだ!
パイは精霊石を取り出しぎゅっと握りながら心臓のあたりにそっとあてた。石を握った指の間から光が漏れ、精霊石はパイの中に取り込まれた。
パイが目を閉じると体の輪郭がぼやけていき、輪郭から内側へとパイの姿は曖昧になって行った。
まるでレンズのフォーカスが合わなくなるように。
再び焦点が合うと、ルカは20代後半くらいの落ち着いた女性の姿になっていた。黒い髪にグリーンの目がくりくりとしたキュートな姿は黒猫を彷彿とさせた。
「まぁ!」
「お母さんの要望があれば耳と尻尾も出せます!」
そう言ってパイはピョコンと可愛い耳と尻尾を出現させた。