一夜明けて
パイも自室の窓から月を見ていた。
(トッド・・兄さ・。最後まで言葉を交わす事すら出来ずに終わってしまったな。あたしの事気づかなかったのかな。でも気づいていたとしたら・・やっぱり辛いかもしれない。あたしを殺そうとしたって事だもん。
お母さんはトッドが死んで悲しむだろうな。あたしは何をしてあげられるだろう・・ウイシュケの精霊に聞いてみようかな)
ベッドに横たわり、トッドの最後の言葉を思い出したパイの目からは涙が溢れて流れ落ちた。
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「あれ? いくら昨日が大変だったとはいえ、寝坊すぎない?」
翌日、ルカは昼食にも降りてこなかった。
「ダンが朝様子を見に行った時はぐっすり眠っていたって言ってたわ。食事は部屋に持って行ってあげた方がいいわね」
エマ夫人に言われた通り、食事の乗ったトレーを持って行ったパイは静かにドアを開けた。
「ルカ~起きてる? 食事持ってきたよ」
(流石に昨日の今日だから、優してあげよっかな・・)
サイドテーブルにトレーを置いたパイはルカを覗き込んだ。
「ルカ?」
もそもそとルカが動いた。
「う・・ん。パイか、おはよう」
「もう昼よ、ご飯持ってきたから食べた方がいいわ」
だるそうに上半身を起こしたルカはトレーに目をやった。
「全然疲れが取れてないなぁ。昨日力を使いすぎたか・・いやそんな事ないな」
「食欲ないの?」
「ああ。コーヒーだけ貰っておくよ。悪いな」
コーヒーを置いてパイはトレーを持って降りて行った。
(あーあ、かったるいな。シャワーでも浴びるか)
ベッドからのっそりと起き出し、別部屋に備え付けられた小さな浴室の扉を開けた。脱衣しながら鏡を覗き込んだルカは違和感を感じて肩に張り付けられたガーゼに目をやった。
(ん? 昨日噛みつかれた所か・・)
ガーゼを外すと前肩に赤黒いシミが付いていた。指で触ると鈍痛が広がった。
(シャワーから出たら薬でも塗っておくか。確か昨日ダンが置いて行ったのがあるな。あいつは俺の事を心配しすぎだな。まだ俺を好きだとバレバレだぞ・・)
シャワーを終えコーヒーに口を付けたルカは顔を歪めた。
(なんだか随分まずいコーヒーだな、持ってきて貰って悪いが捨てるか)
着替えて何も食べずにルカはアルバの警備隊に向かった。
「ミッチェル家では大変だったようだな。でも万事解決して良かったよ。具合はどうだ?」
事務書類から顔を上げたヘイズの笑顔がルカを迎えてくれた。
「あちこちケガしてるけど深手じゃないから。・・それと、どうも万事解決ではないと思うんですよ」
ルカは昨晩のトッドとのやり取りを話した。
「二人と言ったのか・・エネルギーを取り込んだのが二人だ、とも取れる言い方だが確かにどうも引っかかるな」
「サイモンの爪には犯人に抵抗した跡がありました。もう一度シーラン子爵家を調べなおした方がいいと思います」
ヘイズは子爵家で警護を担当した隊員達を呼び集めた。
「もう一度聞くが、本当に誰もサイモンの部屋に出入りしなかったか?」
すると警備隊に入りたての若い隊員がおずおずと手を挙げた。
「あのう・・言い忘れていたんですがマーガレット夫人がサイモンに眠る前のミルクを持ってきました。その後30分ほどしてからまた来て、今度は食器を下げると言って部屋に入って・・」
「何っ! どうしてすぐそれを報告しなかったんだ?!」
「すみません、家族は怪しい人物じゃないと思って報告しなかったんです・・」
「マーガレット夫人は2度目に来た時、すぐ部屋から出てきたのかい?」今度はルカが質問した。
「いえ、3分か・・4分くらいは部屋にいたと思います。食器を下げるだけなのに時間がかかるなぁと思った記憶があるので」
ルカとヘイズは念のためバイオレットも同伴させて子爵家を再度訪問することにした。