現れたのは
「あのメイドさん、すっかり誤解してたわね」
楽しそうに笑うバイオレットだったがルカは大した感情も示さず言った。
「仕事だとは言ったが、あの状況じゃ無理もないな」
「ルカも強く否定しないんだもの。このまま本当に付き合ってもいいって意思表示かしら?」
ルカは黙っていた。もうミッチェル家に着いたからだった。
焼き立てのチキンの香ばしい香りを嗅ぎつけたパイはすぐ2階から降りてきた。隊員達もパイも大喜びでチキンを味わった。
「いつものチキンと味が違う!」と、骨までバリバリと食べてしまうパイに隊員たちは目を丸くしていた。
「今日も何もなさそうね」
その夜、ルカとバイオレットはパイの部屋を挟んでお互い隣の部屋に引っ込んだ。
だがバイオレットの予想は外れることになる。
深夜を回った頃ベッドに横たわるパイの顔をひんやりした何かが触れた。ローレルを演じるパイは悲鳴を上げようとしたがすぐ口を塞がれてしまった。
「声を立てようとしても無駄だ。おとなしく俺のいけにえになれ」
氷の様に冷たい手でパイの右手を摑み、その男がパイに顔を近づけてきた。パイは力が抜けて行くのを感じたが必死に抵抗した。右手と口は塞がれていたが、左手で枕の下にある紐を強く引っ張った。
ガランガランガラン!!
紐で吊り下げた缶や金具が頭上で大きな音を立てた。男が上に気を取られた一瞬にパイはさっと身をひるがえして男から逃れ、ベッドから飛び降りた。
それとほぼ同時にルカとバイオレットも部屋に雪崩れ込んできた。
明かりを付けたバイオレットは素早く窓の前に立ちはだかった。ルカは廊下に繋がるドアの前にいる。パイはベッドから離れルカのいる方へ逃げた。
「もう逃げ場はないぞ」
ベッドに覆いかぶさっていた男はゆっくりと振り返った。やはりトッドだった。だが以前にも増して恐ろしい顔つきに漆黒に染まった目、爪は以前より長く鋭く伸び、頭髪が無くなった皮膚には緑色の血管が浮き出ていた。明かりの元で見ると皮膚の色は黒ずんで灰色がかっていた。
「またお前か。だが俺を前と同じだと思うなよ、人間のエネルギーを取り込んで俺は強くなった。まずはそこの女から血祭りにあげてやる」
トッドはベッドの枕を引きちぎり、腕を振り上げバイオレットに飛びかかろうした。が、その体は強い光と大きな音と共に空中に投げ飛ばされた。
ビリビリビリ・・トッドに向かって突き出したバイオレットの片手から黄色い電光が火花のように弾け散っていた。
「私はただの女じゃないのよ」バイオレットは不敵に笑ったが、トッドもすぐ起き上がって言った。
「お前もニッパーだったか。フン、俺としたことが油断したな。だがそこまでだ」
トッドはまたバイオレットに向かって鋭い爪を振り下ろした。ブン、と風を切る音がする。バイオレットも身構え、また手から電撃を放つ。だが、バイオレットが放った電撃はトッドに当たらず、壁に黒焦げを作っただけだった。
トッドの体は黒い煙のように霧散したのだ。
バイオレットは一瞬目を見張ったがすぐ次の電撃を黒い煙に向かって放った。だが電撃は煙を真ん中からふたつに切り分けただけで、すぐ黒い煙は意思を持つように集合してうねり、中から鋭い5本の爪が伸びてバイオレットの腕を切り裂いた。
「つっ・・・」
続けざまに反対側からもう5本の爪が伸びたが、ルカの黄金のロープがその手に巻き付き爪を引き戻した。
しかしまたその爪は煙に変化してしまい、巻き付くものが無くなったロープはそのまま床に落ちた。
「くそっ、人間3人分の生命力はそこまでの変化をもたらすのか!」
「人間3人分だと? これは2人分の力だ! お前たちも全員俺の力として取り込んでやる。俺はもっともっと強くなるんだ」トッドは高らかに笑い声をあげた。ぞっとするような不快な声だった。
黒い煙は部屋を横切りルカに向かっていく。ルカの頭上から鋭い爪が振り下ろされたが、ダンを守ったのと同じ黄金の盾がその爪を止めた。
「2人分か・・サイモンの生気は吸う暇がなかったらしいな」
「おしゃべりしてる余裕があるのか? 俺は狙った相手は確実に仕留めてきたぞ。光栄に思え、お前が3人目だ」
トッドの力が盾を徐々に押し下げた。
盾を押されたルカはのけぞるような態勢で耐える。バイオレットは窓から少し離れてトッドに狙いを定め、また電撃を放った。ルカの頭上を鋭い閃光が走った。トッドは一瞬にして煙になり電撃をかわす。
「ははははは、何度同じ手を使っても無駄だ。もうお終いか?」
バイオレットの電撃のおかげでルカは立ち上がり、態勢を整える事ができた。
すると1階から隊員達が登ってきたが枕の羽毛が飛び散り、壁には焼け焦げた黒いシミが浮かびあがる荒れた室内とトッドのおぞましい姿を見て驚愕した。
「ルカ、どうしたらいい? 指示をくれ」隊員の一人が気を取り直し声を張り上げた。