4件目の依頼主
「タオルを置いておくわ」
浴室の扉の向こうからバイオレットの声がした。
「ああ、すまない」
着替えは警備隊に常備してあるものを貰ってきた。タオルで髪を拭きながらルカは何気なく部屋の様子を見ていた。
彼女の母親の国の物だろうか、極彩色のタペストリーが壁に飾られており変わった彫り物も沢山置かれていた。
「珍しいでしょ? 想像通り母の国の物よ。さ、軽く食べるものを用意したわ、一緒に食べましょ」
キッチン兼ダイニングのテーブルには卵料理とパンとコーヒーが用意されていた。
「眠気覚ましにはこれよね」そう言いながらバイオレットは湯気がもうもうと出ているコーヒーカップを持ち上げた。
「朝食まで用意してもらって・・悪いな」
ルカもテーブルについてコーヒーを飲んだ。
「これくらいなら何時でもどうぞ。今晩も来てくれて構わないわよ。お礼はそうね・・夜の相手でもしてもらおうかしら」
コーヒーを吹き出しそうになったルカは咳き込みながら「ゴホッ・・朝っぱらから冗談がきついな・・」と言いカップを置いた。
「ふふっ、やっぱりそういう想像をするわよね。冗談じゃないわよ。初めて会った時から思っていたんだもの。私だって悪くないでしょ? ニッパー同士相性もいいと思うわ」
バイオレットは大胆な事を淡々と話しながら卵を口に運んだ。
(それは確かに・・バイオレットはいい女だ、が・・。今はこの話題から離れたいな)
「話は変わるけど、どうして今回は被害者の状態が違ったと思う?」
「それはずっと考えてたわ。でねこれを見て頂戴」
バイオレットがテーブルに広げたのは古い本だった。
「わたしの家はねニッパーがよく出る家系なの。家には妖精や精霊に関する資料が沢山あるのよ。これはその一部なんだけど、ここに書いてある文字と記号、現場に描かれていた物とそっくりじゃない?」
バイオレットの言う通りそれは同じものと断言してよかった。
「これはね、呪いの一種らしいの。大昔にロアが使ったという記述があるわ。そしてその呪いというのが相手の生気を吸い取って自分の力にするという恐ろしい物らしいのよ」
「そうか、前の2件が生気を吸い取られたせいで死んだと仮定すると、今回は生気を吸い取る時間が無かったからただ殺したのかもしれないな。邪魔が入ったか。元々殺害だけが目的だったか」
「ええ。もう少し被害者同士の繋がりを見直したほうがいいわよね。トッドが犯人と仮定して、なぜサイモン達を狙ったのか。もしトッドでないのなら、なおの事動機を突き止めるのが先決かもしれないわ」
警備隊本部に戻ったらまず被害者の身辺を洗い直そうという事になった。だが事件はその時間を彼らに与えなかった。
今朝、4件目の依頼が来ていたのだった。
ルカとバイオレットを待ち構えていたアンカテル隊長はすぐ依頼主の住所を二人に告げた。
「戻ってきて早々だがすぐ向かって欲しい。シーラン家と同じように警護の人員を配置するが、まずは家族に話を聞いて来てくれ」
この4件目の依頼も部屋に不可解な文字や記号が描かれたという物だった。
首都よりアルバに近い場所にあるミッチェル家はごく普通の平民の家だった。
玄関のドアを叩くと泣きはらした目の若い女性がドアを開けた。
「フローラ?!」
(本屋で会ったフローラじゃないか!?)
驚いて自分を見つめるルカを、フローラも驚いて見上げていた。