子爵邸警備の夜
子爵邸から戻ってきた3人は先ほどの小会議室に入って行った。
そこにはアンカテル隊長とシーラン子爵家で警備を担当する予定の何人かの隊員が一堂に集まっていた。
邸宅の中と外、それぞれ3人ずつで3交代制を取ることにした。
「かなり人手が必要になるわね、私も警備の人員の中に入れてもらうわ」
「俺とパイは外の警備に回ろう。パイは夜の方が得意の耳を使えていいと思う」
「なるほどね、パイは素敵な耳を持ってるのね」
そう言ってバイオレットはパイにウインクして見せた。
「あ、はは。ありがとうバイオレット」
面と向かって褒められると、パイはなにかくすぐったい気持ちにさせられた。
(うっ、これは・・なかなかの人たらしね。うん? 猫たらしかしら。あんな個性的な美人で大人で素敵な女性ならルカはイチコロだろうなぁ)
「では邸内の警備にはヴァイオレットと警備隊員3人。外はルカとパイと警備隊員3人のローテーションで回そう。みんなしっかり頼んだぞ !」アンカテルはそう締めくくり、会議は終わった。
その日の夜は何事も無く過ぎた。
次の日の夜からパイとルカが夜から朝にかけての警備に当たった。
「うぅーーー寒っ。なんで邸宅内の警備にしなかったのよ」子爵邸の裏門の陰にうずくまって震えているパイはルカに文句を言った。
「俺の能力は逃げる敵を追うのに適してるだろ。パイも静かな外の方が・・」
ルカの話の途中でパイはパっと人差し指を口にあてた。ルカが黙ると裏門に近づいてくる足音が聞こえてきた。ルカとパイは頷き合った。
裏門から入って来た男をルカが後ろから羽交い絞めにした。男は持っていた大きなバスケットをどさっと落として呻いた。
「僕だよ、離してよ」
ルカが後ろから覗き込むとダンの苦しそうな顔があった。ルカが手を離すとダンが腕をさすりながらバスケットを拾い上げた。
「ひどいなぁもう。痛かったよ」
「おお、悪い。まさかお前だとは思わなくて」
「ダン、ここで一体何やってるの?」
「パイまでそんな事言うなんて。僕もう帰ろうかな」ダンはむくれてバスケットを胸に抱えなおした。
「あっ、ごめんねダン。帰らないでぇ~それ頂戴!」鼻をクンクン言わせてパイは猫なで声を出した。
「ん、何だ?」
ルカがダンの横からバスケットの蓋をひょいっと開けようとしたがその手はダンにぺちっと叩かれてしまった。
「パイはさすがに鼻がいいね」そう言いながらダンはバスケットから香ばしく焼き上げたチキンサンドを取り出した。
「わぁ~まだ少し暖かい」
「焼き立てだからね、暖かいお茶も持ってきたよ。あとルカにはアップルパイも持ってきた」
まだほのかに暖かいチキンサンドを手渡し、カップを出して携帯用ポットからお茶を注いだダンはバスケットを下に置いた。
「じゃ、僕は邪魔になるといけないから帰るよ」
ダンが裏門から出て行こうとすると女性の溌剌とした声が呼び止めた。「あら、もう帰っちゃうの?」
「バイオレット?」ルカはチキンサンドを口いっぱいに頬張りながら驚いた。
薄暗い外で褐色の肌は迷彩になりバイオレットの瞳だけがきらきらと輝いているように見えたのだ。
「交代の時間なので私は帰るわ。邸内は今の所異常なしよ。で、このイケメンはどなた?」
「アルバで彼の家に滞在させてもらってるんだ。ダニエル・ロージアンだ」
「ダン、彼女は首都の警備隊所属のニッパーでバイオレットだ」
「よろしくね、ダン」
バイオレットは先に手を差し出してダンと握手した。そしてふいに向きを変えて、ルカが手にしているチキンサンドに手を添え一口かぶりついた。
「んーーいい味ね。今度は私の分もお願いしたいわ。じゃおやすみなさい」
バイオレットはひらひらと手を振りながら裏門から出て行った。
3人は・・呆然とバイオレットの後ろ姿を見守っていたが、はっと我に返ったダンがルカの手からさっとチキンサンドを取り上げた。
「かして! もうそれ食べなくていいよ!」
「えっ、俺腹減ってるのに」
「もう1個中にあるから、それを食べてよ」
ルカから取り上げたチキンサンドをポケットに突っ込んでダンはイライラした様子で帰って行った。
「ぷーーーーーーっルカってば、やっぱりあんたって罪作りな男だわ」
声を殺して笑い転げているパイをよそ眼に、ルカはバスケットからもうひとつチキンサンドを取り出してかぶりついた。
(いくら焼き立てと言ったって、よほど馬を飛ばしてこないと暖かいままこの場所まで持ってこられないだろう。大分無理したな、あいつ・・)
ダンの差し入れに胃袋も心も温まった二人だった。