女はため息をつく
エマ・ロージアンは幼い頃からしっかり者で姉妹の面倒をよく見て、勉学にも励み・・家族からも自慢の娘だとよく言われたものだった。だからアランとの結婚の話が出た時は家族から猛反対された。
あんな貧乏な領地の伯爵家に嫁いだら苦労するだけだ、と。だがエマは若かった。愛があればどんな困難にも立ち向かうことが出来ると信じていた。
家族の予想通りエマは苦労している。領地の経営は苦しく、アランは頼りにならない。
夫は悪い人間ではないし自分にも息子たちにも優しく、若い時と変わらぬ魅力もある。だがやり手で伯爵家をぐいぐい引っ張っていくような力量のあるタイプではなかった。
重要な決定はほぼエマがやってきた。お金の管理もしかり。
夫への愛が消えたわけではないが、時に失望し将来に不安を抱き別れてしまいたいと思うことが何度もあった。
子供がおらず、あと10年若かったら別れていたかもしれないわ・・・。
今日もエマは深いため息をついていた。
フランシス・デブロもそうだった。
妹のマリーナからロージアン家の蒸留所と取引してくれないかと言われた時は、内心やんわりと断ろうと考えていた。
ロージアン家のウイシュケはあまり評判が良くなかった。取り扱えば少しは売れるかもしれないが期待はできない。有能なフランシスはロージアン家のウイシュケを置く事の損得を頭の中で計算した。
「でもマリーナと約束したことだから蒸留所を見に行くことだけはしなくちゃ」
それから取引するか考えればいいのだ。
ロージアン家のウイシュケは思ったより悪くなかった。蒸留所でもお酒は丁寧に作られていて工員達のウイシュケに対する情熱も本物だった。
「酒屋で取り扱う他に、レストランで出すカクテルのブレンドに使用したいと思います」
ロージアン家の長男レナードを前にフランシスが提案した内容はこうだった。
レナードはとても喜んでいた。それから仕事の件で何度も会うようになった。彼は親切で優しく、一生懸命な人だった。聡明で物静かで・・フランシスはいつの間にかそのブルーグレーの瞳から目が離せなくなっていった。
それはレナードも同じだった、お互いに惹かれあい当然の流れとしてお付き合いが始まった。
ただそれだけだったのに、家族からは猛反対された。
今別れないと婚期が遅れる、レナードは貴族と言っても貧乏な没落伯爵家の跡継ぎだ、フランシスには勿体ないと。
まだお付き合いが始まったばかり、結婚するなんて話が出たこともないのに・・。
でももし彼に求婚されたら、家族に反対されても私はきっと・・。
だがフランシスはレナードが自分の家に対する負い目を感じている事を薄々感じ取っていた。幾らレナードがフランシスを求めても苦労するのが分かっている自分の家に入ってくれとは言えないのだ。そこがレナードの優しさであり、臆病な部分でもあった。
「もう少しだけ私にも彼にも勇気があったら・・」
フランシスは深いため息をついた。




