立ち入り禁止区域
パイが戻って1か月が経った。
肋骨のヒビで治安警備隊の仕事を休んでいた間、ルカはロージアン家の呪いの調査に没頭していた。
(もっと詳しく城の内部を調査した方がいいな。古い城には思わぬ仕掛けがあったりするし)
ケガの方はほぼ回復して普段通りの生活が出来るようになってきていたルカはダンに城の案内を頼んだ。
「城の案内? いいけど・・どこを案内したらいい?」
「大体は来てすぐに見て回ったんだが、こう・・歴史とかいわく云々がある場所とか隠し通路なんていうのがあったりしないかと思ってさ」
ダンは少し考えてから、まず石橋側にある尖塔に登って行った。
「ここは見張り塔だったらしいんだ。反対側の湖に面した方にある塔も湖側からの敵軍を警戒して作られたらしいよ」
「城自体が要塞のような造りだな」
「ずっと昔のこの領地はとても栄えていたらしいから、他国からよく狙われたみたいだね。湖からは豊富な魚や貝類が獲れたし、穀類や野菜、リンゴなどの果物の収穫量も今よりずっと多かったみたい」
塔を下りて正門の左手にある長い廊下を歩きながら説明は続いた。
「この廊下は何度も通ったと思うけど…」
廊下には様々な時代を生きる領主・ロージアン家の先祖の肖像画が掛けられていた。領主だけでなく、その夫人、家族が揃った絵もあった。
「お、これは現在のロージアン卿夫妻の若い頃だな」
「改めて見ると二人とも若い時はすごく美男美女だったんだね」
「お前…それを二人の前で言わないほうがいいぞ」
「!!・・い、今でも面影はあるよ。二人ともちょっと‥疲れてるだけじゃないかな」
廊下の奥の方には風景画も掛けられていた。
「これは変わったアングルから書かれた絵だな」
「これは…ああ! 有名な童話作家が書いた絵だよ。この城にしばらく滞在して執筆活動をしていた時期があったんだって。ほら、小人が10人登場してお姫様を助けてあげるお話、あれを書いた人だよ」
「最後は王子様と結ばれてめでたしめでたし、ってやつだな」
「だね」
それから二人は3、4日かけて城を隅々まで回った。
「後は北側の立ち入り禁止にしてる所だけだけど」
「うーん、少しだけ行ってみるか。危なそうなら引き返そう」
北側の建物は本城と渡り廊下で繋がっていたが廊下の手前から立ち入り禁止になっていた。
「昔、ここは伯爵家の騎士団の詰め所だったんだ。ここの地下に牢屋があるらしいけど僕が子供の頃からすでに立ち入り禁止になっていてここに入るのは僕も2回目なんだ」
「立ち入り禁止なのに入った事があるんだな」ルカはニヤリと笑った。
「子供の頃だよ、ダメだって言われたのに兄さんに付いて来てもらって。あの後、兄さん叱られてたな」
「悪い坊主だな」
「ボ、坊主じゃないよ! 絶対、坊主じゃない!」
(なんだムキになって変なヤツ)
「じゃ、青年! 先に進むぞ」
北側の渡り廊下の先は薄暗く埃っぽかった。ダンは前を歩きながらふと天井を見上げた。何か上からぱらぱらと落ちてきたからだ。
「危ない!」
ダンはすぐさま後ろを振り返りルカを壁際に押し付けた。
ド―――――ン! ガラガラガラ…
ダンのすぐ後ろに天井の一部が剥がれ落ち、もうもうと砂ぼこりが舞った。
「ゴホッゴホッ…」
「あ、危なかったな」
砂ぼこりの中、計らずもダンがルカに壁ドンする形になった。
「おっと! 女装した時と逆だな。大丈夫、俺は平気だ、もっこりの心配はない!」
「あっ、あれはッ…仕方ないじゃないか!」
「仕方ないの?」
「だ、だって好きな人にあんな風にキスされたら体が勝手に! それに僕のファーストキスだったんだからね!」
「好きな人とファーストキスで良かったじゃないか…って、えっ?!」
「あっ」
ダンの頭の中は真っ白になった。取り繕う言葉も何も浮かんでこない。驚いたルカの顔が目の前にある。恥ずかしくて泣き出したい気持ちなのに、何故か笑ってごまかそうという考えも頭をわずかによぎった。
その結果、美しいダンの顔は真っ赤でひどく奇妙な表情をしていた。
ルカは笑わなかった。それどころかやけに真面目な顔をして話し出した。
「お前の気持ちは分かったよ。緊急事態だったとはいえ、あんな形でキスしてすまなかった。だけど…俺はお前の気持ちに応えてやれない。男を好きになったこともないし、弟みたいに思っていたから」
傷心の表情を見せまいとダンは必死にルカに笑いかけた。(そうだ、そんな事初めから分かってたんだ。ルカは女性が好きで僕は男なんだから。だから笑って欲しかった。そんな真面目に返してほしくなかったよ)
「うん、分かってる。だから…友達でいてよ」
「おう、俺たちはこれからも友達だぜ。さぁここは危険そうだから出よう」
渡り廊下まで戻るとパイが手を振って立っていた。
「二人とも銅鑼の音が聞こえなかったんでしょ? 夕食よ~」




