トッドの逃亡
火かき棒を奪われたダンは後ずさりしたが、すぐ後ろは暖炉で逃げ場は無かった。
(もうダメだ)ダンはぎゅっと目をつぶった。
その刹那、カシャーンカシャーンと金属がこすれる様な甲高い音が響いてダンのまぶたの裏が急に明るくなった。目を閉じていても眩しいと感じるくらいに明るい。トッドの攻撃も降ってこない・・。ダンはそうっと片目を開けてみた。
ダンの目に映ったのは眩しく輝く黄金のシールドだった。1枚の板のようなものではなく、黄金の鎖が何本も組み合わさって編まれた堅牢なシールドだった。
トッドの攻撃は人間一人をすっぽり覆うほどの大きさのシールドに阻まれた。
そこへ大きな物音を聞きつけた侯爵家の騎士団が駆け付けた。
「これは・・一体」
部屋の惨状とどす黒いオーラを纏った奇怪な容姿のトッドに騎士団の面々は一瞬たじろいだ。
騎士団が現れるとトッドは「チッ」と呟き、窓ガラスに体ごと突っ込んで破壊し外に逃げてしまった。
「不審者だ! 逃がすな、追えー!」
団長らしき人物が声を掛けると窓の方へ2名、回り込む作戦なのかドアの方から3名トッドの後を追いかけた。
ダンは震えている伯爵夫人の身柄を騎士団に委ねるとルカに駆け寄った。
「ルカ、大丈夫?」
「ああ、いや・・うっ」
右側の脇腹を抑えルカがうめいた。
「強くぶつけただけだ、お前は怪我はないか?」
「僕は大丈夫だよ、あのシールドに守られたから・・」
ダンはルカに肩を貸して立ち上がらせた。ダンのドレスは所々汚れて破れ、カツラが少し曲がっていた。ルカは頭を指さしプッと吹き出したが、すぐイタタタタと脇を抑えた。
「笑わないでよ、直してくれ!」
今度ばかりはルカも素直にダンのカツラを直してやった。
二人の様子を目を丸くして見ていた団長が近付いてきた。
「医者を呼びましょう。その間に何があったか説明していただけますか?」
「ええ。夫人は大丈夫ですか?」
「大分ショックを受けられたようです。ですがお怪我はございません。侯爵様が付き添われておいでです」
「そうですか。ご無事でよかった」
ダンに支えらえれて無事な方のソファに座ったルカはこれまでの経緯を説明した。
「なるほど、トッドが妖精だったとは・・」
「彼は・・多分ロアになってしまったのでしょう」ルカはロアについての説明を付け加えた。
そこでトッドを追っていった騎士団が戻ってきた。
「申し訳ありません、見失いました」
団長は報告に頷いた。
「私たちは首都の治安警備隊と捜索を続けます。進展がありましたらアルバの警備隊へ連絡致しますので後はお任せください」
しばらくしてやってきた医者の見立てでルカは肋骨にひびが入っていることが判明した。
姉の伯爵夫人を守ってくれたお礼にと侯爵が屋敷に部屋を用意してくれ、二人はその晩はそこで休むことになった。
―――
屋敷で洋服を貸してもらい着替えたダンがベッドに横たわるルカの部屋に入ってきた。
「医者が本当はもう2、3日安静にしていたほうがいいって言ってたけど・・」
「そんな訳にもいかないさ。今日はお前も疲れただろう、早く寝ろよ」
「あ、うん・・そうだね、おやすみ」ダンはまだ何か言いたそうだったがそのままルカの部屋を後にした。
隣の自分の部屋に戻りダンはベッドに横になった。
(あの時、ルカの目が黄金に輝いていた・・ダンのロープは見えなかったのにシールドは見ることが出来たのは何故だったんだろう・・)
そしてダンの回想は廊下でのキスに遡った。
「あああ、思い出しただけでも恥ずかしい」
毛布を頭から被ったダンはいつしかぐっすり眠ってしまっていた。