トッドの憎悪
「お前たちよくも!」
開け放たれたドアの前には怒りで恐ろしい形相をしたトッドがそこに立っていた。
伯爵夫人も驚いてトッドに向き直った。
「トッド、私がこの方達をここにお呼びしたの。あなたの妹が見つかったかもしれないのよ」
「妹! やっぱりお母さんはあいつの方が俺の事より大事なんだね。俺を捨ててあいつと暮らそうと思っているんだろ! いつも女の子を恋しがっていたもんな!」
「まあ、それは誤解よ。確かに亡くした子供は女の子だったけれど、あなたを捨てて他の子と暮らそうなんて考えたこともないわ」
夫人は杖を突いて立ち上がり必死にトッドに訴えかけた。
「嘘だ嘘だ。俺は妹を見たんだ。変化して可愛らしい少女になっていた。あんな子が現れたらお母さんは俺を捨ててあの子を取るに決まってる!」
(まるで大きな駄々っ子だな・・)ルカは呆れてトッドを見ていた。
「お前たちが妹を連れてきたんだな。許さない。お母さんは俺とずっと一緒に暮らしていくんだ。邪魔はさせないぞ」
トッドの憎悪はルカ達に向けられた。トッドは猫の様にジャンプしてルカ達が座っているソファの後ろに降り立った。
そのままルカ達に掴みかかろうとしてトッドの手がソファに触れた。ルカとダンは慌ててソファから飛びのいたが、トッドの手が触れた部分から高価なゴブラン織りのソファは見る見る色を失い古びて行った。と、あっという間にボロボロと崩れて、床にはソファだった残骸だけが積み重なった。
「ダン、夫人を安全な場所へ」ルカはトッドから目を離さずにダンに指示する。
ダンは夫人を支えて部屋の隅へ連れて行った。
「その力は食材を腐らせたものか。パイにも何かしたな!?」
「そうさ、アルバの街であいつを見た時すぐ妹だって分かった。ちょっとだけあいつに触れたら、考えてる事が読めたんだ。あいつはお母さんに会いたがっていた。そんな事はさせるものか! あいつが現れなければ俺はお母さんといつまでも平和に暮らせたんだ。あいつを憎む気持ちが俺に力を与えてくれる、それから俺は自由に変化できるようになったんだ」
トッドの目には憎悪の炎が燃え盛っていた。
「それはお前がロアになろうとしてる証拠だぞ! 引き返すんだ、パイはお前と母親を引き離そうとなんて思ってない」
「あいつの考えなんて関係ない、妹は邪魔なんだ。俺はもうあいつをコントロールできる! あいつの記憶をかき乱し、罪をかぶせて管理局行きにしてやるんだ。邪魔するならお前も腐れ落ちて滅びてしまえ!」
トッドの目は真っ黒に染まりその体もどす黒いオーラに包まれた。襲い掛かろうと構えた手の指から鋭い爪が突き出し、ルカの鼻先で鋭い爪が風を切る。
その瞬間ルカの瞳が黄金に輝き、手には同じく黄金に輝くローブが現れた。周囲にはヒュンとロープがしなる音と黄金の閃光がきらめいた。
黄金のロープがしなり、トッドの手首に巻き付いた。一瞬トッドはひるんだがもう片方の手がロープに触れるとロープは見る間に腐り塵と消えてしまった。
「ははっ。たったそれだけか?」
トッドは両手を振り回しながらルカに迫った。俊敏に逃げ回るルカだったが腕や頬にトッドの爪がかすり、血が流れ出した。
(ルカが押されてる、僕がなんとかしなきゃ)
ハラハラしながら見ていたダンは伯爵夫人を物陰に座らせ、トッドに近づいて行った。そこから近くにある物を手当たり次第にトッドに投げつけた。
「このっ」飛んできた花瓶やら陶製の置物を手で弾き飛ばしながら、なおルカに迫るトッド。
トッドは物凄い力でルカを弾き飛ばし、今度はダンに向かって突進してきた。ソファを飛び越えテーブルをなぎ倒し、ダンに迫るトッド。
ダンは暖炉の火かき棒を引っ掴みトッドに立ち向かったがトッドは軽々と火かき棒を奪い投げ捨てた。床に落ちる時には火掻き棒はただの砂の塊になっていた。
弾き飛ばされ壁に体を打ち付けたルカが、全身の痛みに耐えながら起き上がった時に見た光景は、まさにトッドがダンに鋭い爪を振り下ろそうとしている瞬間だった。