ハプニングと伯爵夫人の話
「ルカ! どうしよう!?」
世話係の姿はすぐそこまで迫っていた。もうそろそろ顔も認識できる距離だ。
「くっ・・声を出すなよ」ルカはそう言うとダンを壁に押し付けた。
「愛しい人、今夜は逃がしませんよ!」
(え? 何言って・・)
そう思うのと同時にダンの唇にルカの唇が触れた。触れて重なり合い、ルカの手がダンの頬に添えられた。
(男の唇も女みたいな柔らかいんだな・・クソっあのまま真っすぐ来られたら振りだとバレるか・・)
廊下の真ん中よりルカ達側を世話係は歩いて来た。ルカは壁の方を向いているから顔はよく見えないはずだったが世話係が近付くとルカのキスは激しくなった・・。
「チッ」
世話係の男は横を通る時、あからさまに軽蔑した視線を投げてよこしたがルカに気づいてはいないようだった。
男が廊下を抜けてパーティーホールに戻ると、やっと二人は体を離した。
「はぁ~危なかった」ルカも壁に背を預けて大きくため息をつき安堵した。
「はぁぁ~」隣で目を閉じたままダンも大きくため息をついた・・。
「おまっ、それっ・・それ、なんとかしろ!」
「わっっ」
ブルーの美しいドレスは割とタイトなデザインだった。そしてルカの視線の先・・股間のあたりが不自然に盛り上がっていた。
ダンは慌ててルカに背を向けてスーハースーハーと何度か大きく深呼吸した。
(何か、難しい・・数学の問題を、えーとえーと・・)
「も、もう平気だ」
「よ、よし急ぐぞ」
気を取り直して二人は白の間のドアをノックした。
「どうぞ、お入りなさい」
以前会った時と同じように気さくな返事が返ってきた。
「やっぱりあなたね。美術館の所で会った方よね?」
「はい、強引な形で面会をすることになってしまった無礼をお許しください」
「構いませんよ、本当ならあの時お話出来たはずなんですから、どうぞお掛けになって」
勧められるままにソファに腰かけたルカとダンはすぐ本題に入った。
「時間がありませんので単刀直入にお伺いします。夫人は40年ほど前に精霊と交流を持ちませんでしたでしょうか?」
「交流・・そうですね。随分昔の事ですわね」
「それで・・もし間違っていたら申し訳ないのですが、その精霊との間に妖精が生まれたのではないかと思うのですが」
「・・わたくし、コーンウォール伯爵家に嫁いでしばらく子供ができませんでした。5年後にやっと授かった子は1歳を待たずして亡くなってしまって・・その3年後には可愛がっていた愛猫も死んでしまい悲嘆に暮れている時に風の精霊の声が聞こえたんです」
夫人の悲しむ姿を見かねた風の精霊が夫人との間に妖精を儲ける事を提案してきたという。誕生した妖精は双子だったが、気まぐれな風の精霊が片方を連れて去ってしまったのだった。
「双子ですか?!」
「ええ、女の子と男の子だそうです。わたしは見ることが出来なかったもので・・風の精霊は女の子を連れて行くと言ったんです。男の子はわたしが可愛がってあげなさい、と。わたしは死んだ愛猫の首輪を手探りでその子に付けてあげました」
伯爵夫人は一息ついてお茶を飲むとまた話し始めた。
「男の子にはトッドと名を付けました。能力のない私には妖精が見えないので、夫がニッパーの乳母を雇ってくれました。それに風の精霊がひとつだけ純度の高い精霊石を置いて行ってくれたんです。トッドが人間の子供で10歳くらいになったら使いなさいと」
大きくなったトッドに精霊石を与えると変化して可愛い男の子になったそうだ。だが6年ほどでまた見えなくなってしまったがまた精霊石を買い求め実体化させてずっと一緒に暮らしてきたと夫人は話した。
ところが今年の夏頃からトッドの様子がおかしくなった。
「最近トッドの様子がおかしい事には気づいていました。いつもイライラして・・私をあまり外に連れ出したくないように見えました。屋敷の人間もおかしな態度を取るようになって…まるでトッドの言いなりに動く人形の様で少し怖く感じていたのです」
「そうですか・・実は最近となり街のアルバで起きている事件で妖精であるわたしの友人が逮捕されてしまいました。でも彼女の仕業ではないと私は信じています。そして彼女は・・双子の女の子の方ではないかと思うのです」
ルカがそこまで話した所で突然ドアが乱暴に開かれた。