パーティー潜入
「ほら、わたしの言った通りでございましょう?」
バントリー夫人は誇らしげにダンを、ダンらしき女性をを見て言った。
「これは・・」ルカもあんぐりと口を開けて驚いている。
エレンの手腕なのか元がいいからなのか・・鮮やかなブルーのドレスを着て現れたダンは息を飲むほど美しかった。その姿は髪に(カツラに)飾られた百合の花より清楚で可憐だった。
「元が整っていらっしゃいますから、メイクも薄目でこれだけお美しいんですよ! 腕は普段鍛えておられますから筋肉が目立ちますので七分袖にしました。咽仏を隠すために首にはドレスと同じ素材のリボンで・・」
まるで自分が作り上げた芸術品を自慢するような口ぶりでエレンの説明は続いた。
「エレン、恥ずかしいからもうやめてくれ」
ダンは恥ずかしさに居たたまれなくなってエレンの説明を中断させた。
「綺麗ね。ええ本当に綺麗だわ・・」
エマ夫人もルカの横でダンを眺めていたが、変装の完璧さに感動したのか目を潤ませていた。
「母さん・・っと、そろそろ時間かな?」
母親の肩にそっと手を置いたダンが柱時計が告げる音に目を上げた。
「18時からだから余裕を見てもう出た方がいいな。見た目は完ぺきだがあんまり喋るなよ、声でバレちまう」ルカはダンに念を押してから外に向かった。
「うまく行くことを祈ってますわ」
ロージアン家の面々が見守る中、二人は馬車に乗って出発した。
―――
侯爵家に着いたのは18時を少し回った頃だった。日はすでにとっぷりと暮れてパーティー会場の明るさと賑やかさが際立っていた。
オランダムが用意してくれた招待状で会場に難なく入ることが出来た二人はコーンウォール伯爵夫人を探した。
しかし、コーンウォール夫人の傍にはやはり世話係の若い男が付き添っており容易には近づけそうになかった。
「困ったな、片時も離れる様子がない」
「ルカの顔は覚えられてしまってるしね」
「ああ、治安警備隊だと名乗ったしな」
ルカは屋敷を訪ねて行った時にカーテンの隙間からこちらを覗いている男の姿を認めていた。
このまま不用意に話しかけて、付き添いの男から弟の侯爵にあらぬことを吹き込まれても困る・・。
「あの、失礼ですが・・」
人込みから少し離れた場所でひそひそと相談する二人に小柄な男が話しかけてきた。どこかで見た事があるような・・ルカが考えていると男が告げた。
「わたしはジョン・オランダムと申しますが、もしやルキウス・ステュアート様ではございませんか?」
「ああ! オランダムさんでしたか、招待状をありがとうございました。よく俺が分かりましたね」
公園で倒れているのを発見した時は顔色も悪かったし、その後は会っていなかったからすぐ彼と分からなかったのも無理はない。
今はニコニコと商売人らしい笑顔でルカと親し気に挨拶を交わす彼は、すっかり健康を取り戻したようだった。
「私はこれでも人を見る目がありますからね。それで・・もしかしてわたしでもパイさんの役に立てるかもしれないと来てみたのです」
「それはありがたい! あ、それとルカ、ルカと呼んでください」
ルカから大まかな事情を聞いたオランダムは早速協力を申し出てくれた。
「10分、長いほどありがたいのですが10分だけでも世話係を引き離してくれたらその間に話をしてみます。」
(オランダムさんから侯爵閣下経由で夫人と話せたかもしれないが、夫人が弟に知られたくなかったとしたらまずい。ここは慎重に行かなくては・・)
「分かりました。夫人とは面識がありませんが、侯爵閣下とは懇意にして頂いておりますから何とかなるでしょう」
今夜の主人公の侯爵に挨拶に行ったオランダムはしばらくすると戻ってきた。
「世話係に伯爵夫人を奥の白の間に案内するようにしてもらいました、その後用事を頼みましたから少し時間が稼げると思います。白の間は左手のドアを出て突き当りの部屋ですからすぐお分かりになります」
「ありがとうございます、では失礼します」
少し経ってから言われた通り左手のドアを出たルカとダンは長い廊下の先に白い扉を認めた。両脇にも4つ扉があったがすべて青いドアだった。
ちょうど廊下の真ん中あたりまで来た時だった。奥の白い扉から世話係の男が出てきた。
まずい! タイミングが早すぎたか。1本道の廊下には隠れる場所がない。
近くの扉に逃げ込もうとしたが鍵がかかっており入れなかった。向かい側のドアにも鍵がかかっているかもしれない。そうしているうちにルカの顔を見られたらお終いだ。
「ルカ! どうしよう!?」
慌てたダンは美しく着飾ったその姿をルカに向けた。




