異変
「サイドルのおかみさんがね、警備隊の新人イケメンさんによろしくって言ってたわよ。それとね、物凄い美人に会ったわよ!」
「何! 誰が美人だって?」
キッチンでリンゴを噛っていたルカがパイの言葉に食いついた。
「へへ、知りたい?・・あたし新しい服が欲しいんだよねぇ」
「新しい服ぅ? んんんー高いのはだめだぞ。いや、警備隊の給金がでてから・・いや、でも・・」
白い目でルカを見ていたダンが呟いた。「必死だね」
「そりゃあ美人と言われたら無視出来ないだろう~パイ、俺のタイプか?」
「ルカのタイプなんて知らないわよ」
「俺のタイプはまず! グラマーで、綺麗な卵型の顔にまつ毛が長くて色っぽくありながら愁いを秘めた青い目の・・色白で・・艶のある巻き毛がキュートな・・金髪もいいが小麦色の巻き毛なんて最高だな。唇は薄くもなく厚すぎる事もなく、あんまり小さい口はイヤだな。それから眉毛は割と真っすぐなきりっとしたラインがいいな・・それとほっそりした長い指も惹かれるんだよなぁ」
「・・あんた随分具体的ね。妄想がすごいわ・・」
すっかりだらけた顔になっているルカに、パイも冷ややかな視線を向けた。
だが、じゃがいもの皮を剥いていたバントリー夫人が投げかけた一言にルカは凍りついた。
「あら、まるでダニエル坊ちゃまの女性版みたいじゃないですか」
全員の視線がダンに注がれた。
ダンは真っ赤になって勘弁してくれと、キッチンを出て行った。
「おや、じゃがいもから精霊石が出たわ」
バントリー夫人は手のひらに石を乗せて喜んでいた。
―――
マリーナから相談を受けたのは秋の終わりの頃だった。
異変があったのはマリーナの家が経営しているレストランだった。ある日冷蔵室に保管されていた食材がすべて腐ってしまい、仕方なく食材を入れ替えると3日後にまた全て腐ってしまうという奇妙な事が続きレストランが休業に追い込まれてしまったのだ。
「商売敵か、もしくはマリーナの家に恨みを抱いている者が冷蔵室の精霊石を抜いて食材を腐らせた。というのがまず思いつく線だな」
マリーナの自宅はアカデミーに近い場所にあった。地図上は首都だったが、かなりアルバ寄りで、そのマリーナの自宅の応接間でルカとパイ、マリーナとダンが向かい合っていた。
豪奢な応接間にパイは目を見張っていた。
「ダンの城よりよっぽど貴族が住む邸宅みたいね」
「パイ!」ルカは慌ててパイをたしなめた。
「ハハッ、パイは正直だなぁ」ダンは苦笑いしている。
「で、話を戻すけど。何か恨まれてることは?」
「うちは手広く事業をやってるから良く思わない人やなんかも沢山いると思うわ。でもおかしいのは食材の腐り方なの」
前日に冷蔵室を見た時は新鮮な野菜や肉だったのに、次の日にはほぼ液状になるほど腐敗が進んでいたという。
「確かにこの季節、1日でそんなに腐敗が進むとは考えにくいね」
「そうなのよ、ダン。食材を入れ替えて3日後にはまた腐ってしまうからレストランを3日しか開けていられないの。食材の入れ替えを続けてたら大赤字になるって言ってパパが休業を決めたの」
「この後レストランを見せて貰えるかい?」
「ええ、もちろんよ。よろしくお願いします」
ルカの要望にマリーナは快諾した。
冷蔵室の調査で4人はレストランに赴いた。見事に空っぽになった室内はひんやりとした冷気だけが漂っていた。
「これは随分とがっしりはまってるね」精霊石がはまっている装置を見たダンが言った。
「だな。これを外すには工具が必要そうだけど、使った形跡はないな」
「妖精のいたずらにしては悪質だけど・・妖精がいた痕跡が見当たらないわ。でもはっきりとは言えない。綺麗に掃除されてるけど、私の鼻には腐敗臭が強く感じられて他の匂いが分からない」パイは鼻を手で覆ってしかめっ面をしている。
ルカもパイも詳しく見て回ったが何の成果も得られなかった。
事態が進展したのはそれから1週間後だった。
レストランと同じ現象があの高級菓子店でも起きたのだ。




