穏やかな日常
それから何日か後にロッシからの返事が届いた。
自分の事は心配しないで、そっちの依頼に集中しろ。そして長くなるようならアルバの治安警備隊に所属させてもらって仕事を続けるといい、治安警備隊にはこっちから連絡しておくから。というような内容だった。
アルバはそれほど大きくない街だ。だが首都と隣接しているためそこそこ洒落た店があり、ダンが通っているアカデミーも首都とアルバ両方にまたがって建っているので学生も多い。
ロージアン家の領地アルバはその商業地区の税収や学生が落としていくお金でなんとかもっているのだった。
ルカは街の治安警備隊で登録を済ませ、以前と同じように非常勤でニッパーが必要な任務や人手が足りない時に駆り出されることになった。
ルカとパイも街に馴染みつつあった。エレンやジュードがお使いで街に出る時はいつも一緒に出掛けていたし、警備隊の仕事で駆り出された時に知り合いになった人も多かった。知り合いが多くなれば思わぬ情報が得られるかもしれないとルカは考えていた。
「パイちゃん、今日はいいガチョウが入ってるんだよ、バントリーさんに美味しく焼いてもらいなよ!」
「サイドルのおばさん、こんにちは。買ってもいいかダンに聞いてくるね、待ってて~」
エレンはダンと一緒に雑貨屋で調理用オイルを購入していた。ジュードは休日なので、重たい荷物持ちをダンが買って出たのだ。
ガチョウ購入の返事はもちろんOKだった。肉屋のサイドル夫人はおまけにガチョウの卵を1ダースも付けてくれた。
「私は馬車に荷物を積み込んでいますね」エレンは先に馬車が待っている方へ行った。
ダンとパイは最後にワインを買いに酒店に入って行った。
「ダニエル、珍しいわね。今日は買い物?」
マリーナは酒店の娘であった。酒店だけでなくこの先にある大きなホテル、その並びにある高級レストランのオーナーもマリーナの父であった。
「今日はワインを買いに来たんだ」
「そう、じゃぁいいのを出してあげる!」
「あっ、いや・・そんなに高くない赤で頼むよ」
少し気まずい空気が流れた。ダンはマリーナが好意で言ってくれたのは理解していたから、それを断る事にちょっぴり心が痛んだ。
「ダンのお父さんはウイシュケ専門だものね。時々しか飲まないワインは高いものは要らないよね!」気まずい空気などまるで気づかないパイはダンの気持ちを代弁してくれていた。
「あ、こちらはパイ。今うちの城に滞在してるんだ」
「わたし、マリーナよ。ダニエルとアカデミーで同級なの」
「パイよ。ダンと仲良くさせてもらってるわ」
パイはわざとらしくダンにウインクした。
「そ、そうなのね・・わたし・・ワインを取ってくるわ」 (ダンですって。愛称で呼ぶほど仲がいいって事なの?)
マリーナが手にしてきたのは白ワインだった。明らかに彼女は動揺していた。
「あっ、赤だったわね。ごめんなさい、ちょっと待っててね」マリーナが奥に戻ろうとすると声がした。
「はい、お手頃で美味しい赤よ」
奥から赤ワインを手にして出てきた女性は、パイも目を見張るほど美しい人だった。ブロンドは緩やかにウエーブして、深い緑の瞳が森の露のように輝いていた。
「姉さん、ありがとう。ダニエル、私の姉のフランシスよ」
「はじめまして、妹がお世話になってます」
「そうだ、ダニエルのお兄さんはウイシュケの蒸留所を持ってるのよね?」
「こんにちは、お姉さん。うん、マリーナ。そうだよ」
「姉さん、うちでそのウイシュケを取り扱ったらどうかしら?」
「そうね・・蒸留所を見せてもらってから、考えさせていただこうかしら」
「考えるなんて言わないで、置いてあげてもいいでしょう」
マリーナは慎重な姉がじれったい。ダニエルに喜んで欲しいのに。
「マリーナ、大丈夫だよ。お姉さんだって商売なんだから、どんなウイシュケかも分からないで売るわけにはいかないよ」
「じゃぁ今度、姉さんと一緒にわたしも蒸留所に行ってみるわ。ダニエルも案内してくれる?」
「僕じゃあんまり役に立たないけど・・兄さんの付き添い程度だよ?」
「いいわ! 来週にでもお邪魔するわね!」
(兄さんの所のウイシュケは酒店と酒場、数件かしか取り扱って貰えていない。少しでも大きな店と取引出来たら兄さんも喜んでくれるかもしれないな・・)
財政難のロージアン家には少しの取引でもありがたい事だった。