パイとウイシュケの精霊と図書室のルカ
パイが近付くと、座ったままの老人はパイを見上げて言った。
「モゴモゴフガ・・」
「えっ?」
「フガフガモゴグガグ」
白い口髭とあご髭に加え、フサフサとした白い眉毛はほぼ目を覆いつくしていた。
この髭のせいで言ってることが不明瞭なのかしら・・・パイは首を傾げた。
顔面のフサフサに反比例して、ピカピカの頭を撫でながら老人はもう一度口を開いた。
(実際は髭に隠れて見えなかったが・・・)
「これはすまんの、お嬢さん。つい精霊の言葉でしゃべってしまった。あんたは妖精かな?」
「ええ、そうよ。あなたは精霊だったのね。はじめまして、あたしはパイって言うの」
パイはスカートの裾をちょっと持ち上げて軽くお辞儀した。
精霊は妖精より上位の存在だ。いくらおてんばなパイでもそれくらいは承知している。
「ふむ。妖精がこんな所にどうしたかな? しかも変化した状態で」
「ちょっと・・お酒の味見をしに来たの。あなたはお酒の精霊ですか?」
(いきなり呪いの調査に来ましたなんて言えないわね、とりあえず適当に言っておこう)
老人の姿の精霊はふと、蒸留釜を見た。そして眉毛の下から横目でチラッとパイを見た。
「ふむ、わしはウイシュケの精霊じゃ。お嬢さん悪い事は言わん、ここの酒はやめておけ。飲めなくはないが美味しくもない」老人は続けた。「そしてワシは嘘つきとはしゃべらん。もう行きなさい」
パイは何か言おうと口を開きかけたが、そのままもう一度お辞儀して精霊に背を向けた。
パイは自分が情けなかった。適当な事を言って精霊を誤魔化そうなんて、おこがましいにも程がある。でも自分は悪気があった訳じゃないのに。追い出さなくたっていいじゃない!
「あーあ、今日はもうダメだ。なーんか気分が悪い。あーもうっ」
レナードの所に戻り、城に送ってもらったパイは部屋に直行し、ふて寝してしまった。
―――
ルカはあれからもずっと図書室に通い、調べ物を続けた。
・呪いを掛けられたのは400年前(推定)
今の伯爵から遡る事、5代前。それ以降の子孫たちに何か共通していることはないか・・・。ざっと見る限りで気づくのはどの世代も男子が多いということだな。
女子が生まれても10歳そこそこで亡くなっている事が多い。最長で52歳。その次が28歳。明らかに女性が短命だ。だがロージアン家に嫁入りした女性は普通に長生きしている・・。
ロージアンの血が流れる女性だけに呪いが発動しているのだろうか? そうだとしてもやはり、どんな呪いなのかが判明しないと対処法を考えられない。
一体どんな呪いなんだ・・ルカは腕組みしながらウロウロと歩き回っているうちに外へ出ていた。
木々の匂いがする風に頬を撫でられ、顔を上げると東側にある庭に来ていたようだった。
だが、庭というよりは・・・畑だった。景観より家計に貢献できるほうが優先事項なのだろう。畑を回って正門前に出てくるとダンが馬車から降りてきたところだった。
「おかえり、どこへ行ってきたんだ?」
「僕は学生だからね、アカデミーに行ってきたんだよ。もうこの秋で卒業だけどね」
「学生だったのか。ところでお前いくつなんだ?」
「もうすぐ21になる」
「いいねぇ、青春真っただ中じゃないか」
「あんたはいくつなんだよ?」
「・・28」
ダンは何も言わずニヤリと笑って城の中へ入って行った。
(何なんだよ! あの笑みは! 俺はもうオジサンだと言いたいのか? まだ20代だぞ俺は!)
ルカが憤慨しているとレナードとパイを乗せた馬が石橋を渡って帰ってきた。
「はーい、ルカ~」パイは手を振ってルカの前を通り過ぎて行った。二人とも随分仲良くなったんだな・・ってちゃんと調査はしているのか? あいつは‥全く。
「じゃぁまた夕食のときね~」
レナードと別れたパイはルカのほうにやって来た。
「レナードってほんと優しいのよ~誰かさんとは大違い」
「そんな事より、お前ちゃんと調査してるのか?」
「あら失礼ね、やってるわよ。それに何か楽しみでもなきゃやってられないじゃない。レナードの蒸留所でウイシュケの精霊に会ったわ、ルカも行ってみてよ」
「それだけ?」
「それだけ」
仕方ない、明日行ってみるか・・。




