アラン・ロージアン伯爵
応接間に通されたルカは上着を脱いで、メイドが持ってきた大きなタオルで頭を拭いていた。
レナードという名の兄がひたすらルカに謝り続けているとダンが父親を連れ、部屋に入って来た。
50絡みで兄弟と同じく背の高いロージアン卿は人の良さそうな、だが少し気弱そうな目をした男だった。
「やぁこれは遠路はるばる良くおいで下さった。おや外は雨ですかな? そういえば少し曇ってきましたね」
きまり悪そうにしているダンが黙ったままなので、レナードは慌てて弟の失態を告白した。
「どうも申し訳ありませんでした。いやこの城を買い取りたいと、うるさいお方がおりましてねぇ。毎日のようにやってきては高額をちらつかせて迫ってくるのです。この城は代々ロージアン家が住んできた歴史ある建物ですから、売るなんてとんでもない事で・・・」
それから軽く10分はこの城の歴史やらご先祖様の言いつけやらが披露された。彼が喉を潤すためにカップに手を伸ばした時にやっとレナードは話に割り込むことができた。
「父さん、まずは部屋にご案内して休んで頂いたほうがいいのでは?」
「おお! それもそうだな。ところでお二人の予定ではありませんでしたかな?」
ルカはガバッとソファから立ち上がった。
そうだ! パイ!
彼はすっかりパイの事を忘れていた。
―――
「ほんっと申し訳ない」
石橋を通れる馬車を借り、パイと荷物を回収したのはもう1時間も経った後だった。
「これは貸しよ、いつか3倍にして返してもらうから」
「3倍って・・俺だってひどい目に合ったんだぞ」
ツーンとそっぽを向くパイに、何を言っても無駄と感じたルカは自分の部屋に戻った。
ルカの部屋はパイの向かい側だった。
このアガムオア城は確かに歴史ある建物らしく、石造りのがっしりした要塞のような城だった。
大きな湖を見下ろす崖に立つ城は大きく、敷地も広く、立派な彫刻が飾られた噴水がある庭は広々としていた。
だが長い事手入れがされておらず、かなり老朽化が進んでいた。外壁には何か所もヒビが入り、北側の建物は崩れ落ちる危険があるので立ち入り禁止になっている。庭の奥には温室も見えるが戸口は板で打ち付けてあった。
室内の調度品もかなり古めかしい質素な物ばかりだ。備え付けのクローゼットは扉を開閉する度にギィギィとうなりを上げる。カーテンは清潔にしてあったが、裾が擦り切れていた。アラン・ロージアン2世は伯爵と聞いていたが・・・。
(どうも・・・金回りは良くなさそうだな)
―これでは報酬もあまり期待できなさそうだ。割に合わない仕事なら断ってさっさと帰ろう。
ルカは帰り道の長い乗車時間を考えて憂鬱な気分になった。




