アガムオア城にて
(全くしつこいな、また違う奴を寄越したのか)
ここに来たことを後悔させてやる・・。
ダンは石橋を歩いてくる男の姿を認めるとブリキのバケツにたっぷりと水を汲んだ。
―――
「あたしもう歩けない」
まだ石橋の半分にも来ていないのに、パイは荷物を置いて座り込んでしまった。
「汽車の中でも馬車でもずっと座ってたじゃないか」
ルカはそう言ったが、確かに二人とも疲れてへとへとだった。ずっと乗り物に乗って揺られているというのは想像以上に疲れるものだ。
「仕方ない、俺が先に行って馬でも借りてくるよ。ここで待ってろ、荷物を見張っててくれよ」
「こんな橋の真ん中で泥棒するやつなんていないわよ」
パイはまた憎まれ口をたたいて、早く行けとばかりに手を振った。
石橋が終わりやっと建物の入り口らしきものが見えてきた。両脇には灌木が生い茂り鬱蒼としている。
「すみませんが―誰かい・・」
ザッパーーン!!
茂みの中からいきなり水を掛けられ、ルカは頭からびしょ濡れになってしまった。
一瞬、何が起こったのか理解できずに呆然と立ち尽くすルカを見て、プッと吹き出す声が聞こえた。
灌木の茂みから現れたその男は、笑いを隠そうともせずに言った。
「ククッ・・いやぁ、すまないね。花に水やりをしていたら手元が狂ってしまって」
ルカと変わらないくらい長身のその男はまだ二十歳そこそこの若者だった。ツヤツヤと輝く小麦色の巻き毛に囲まれた顔はギリシャ彫刻のように美しかった。
ルカも相当なイケメンだったが、男らしくハンサムなルカとは対照的で、中性的な顔立ちに愁いを帯びた深いブルーの瞳をしていた。
「なっ! 何するんだっ!」
「すまないって言っただろ。さ、帰りなよ。この城は絶対に売らないからな」
びしょ濡れの自分を放って戻ろうとする男の腕をルカはがっちり掴んだ。
「何だよ、痛いな。離せよ」
「俺たちは頼まれてここに来たんだぞ。随分な歓迎じゃないか」
この騒がしいやり取りに城の裏手から初老の男ともう一人若い男が顔を出した。
「あっ、兄さん。またエルク家の回し者が来てるんだよ」
兄と呼ばれた男が怖い顔をして近付いて来た。
「何度来られても同じことです。父もこのアガムオア城を売る気はありません」
ルカの怒りは疲労と濡れた体の不快感に負けて、諦めに変わった。
「はぁぁ、誰か俺の話を聞いてくれよ!」
初老の執事が突然「あっ!」と声をあげた。
その場に居た全員が執事の顔を見た。
「今日か明日、お客様がいらっしゃるかもしれないと旦那様がおっしゃっておりました」
「ダン・・・」
兄が弟を振り返った。弟はそうっと横目でルカを覗き見た。
ルカは腕を組み、怒りの形相で仁王立ちしていた。




