ルカは女たらし?
「うっわ、何この古いボロアパルトマン!」
ルカとロッシはずっと文句ばかりのパイに辟易していた。
寝巻で出歩くわけにもいかず、適当に買ってきた服に対しての文句から始まり、昼食は高級レストランに行きたいだの、ホテルは最上階のスイートじゃなきゃダメだの、若い執事を付けて身の回りの世話をさせろだの・・・。
「俺たちは貴族でもなければ王族でもない、ただの薄給取りなんだぞ」
「治安警備隊の隊長なんでしょ? 偉いんじゃないの?」
それはルカもちょっと感じたことがある。
前の隊長は郊外の住宅街に割と立派な家を構えていた。彼も貴族ではなく平民だから警備隊の給金で生活していたはずだ。ロッシも隊長になってから10年は経つ。だがロッシが贅沢をしているのを見た事がない。
(亡くなった妻子と住んだ家に愛着があるのかもな・・・)
ロッシの部屋にある家族の写真を思い浮かべながらルカは思った。
初めは文句ばかりだったパイも2カ月ほど経つと、この生活が気に入ってきたようだった。
時々町の夜警を任されるルカについて歩き、コソ泥を捕まえたりした。
今夜も夜警で町を見回っていると、仕事帰りのソフィアに遭遇した。ソフィアはルカを見るなり、腕に絡みつき艶っぽい目つきでルカを見上げた。
「ルカぁ、最近ご無沙汰じゃない。ね、今夜どうぉ? あたし明日は遅番なのよ」
突然、反対側の腕にパイが同じように絡みついて来た。
「あらぁ ルカは今夜はあたしと一緒にいるんだからダメに決まってるでしょ」
ソフィアはあからさまに不快な顔をしてパイを睨み付けた。「何この小娘」
「何よ、小娘はそっちのほうじゃない」パイもソフィアに噛みついた。
パイは伯爵令嬢に化けた時のままの姿だったので、確かにはたから見れば小娘だった。だが中身は40過ぎている。人間の年齢に換算すれば、26歳のソフィアより年上だろう。
おかしな展開にルカはうろたえた。
「ソフィア、この子はロッシの姪っ子なんだ。時々警備隊の仕事を手伝ってくれてる。今夜も夜警なんだ。また今度遊びに行くよ」
ルカは納得していない様子のソフィアの頬に軽くキスして別れた。
パイはニヤニヤしている。
「あんたの恋人なの? あれ」
「どうだかな」次会った時にソフィアを慰めるのに苦労しそうだ・・・ルカはうんざりしながらパイを見た。
「ああいうのが趣味なのね。今度化ける時は彼女に似せてあげるわ」パイは胸を寄せ上げる仕草をして、面白くて仕方ないという顔をして笑った。
今日は厄日だ。
ルカは前方で手を振っているマリアを見て逃げ出したい気分になった。
「やぁマリア・・・」
「ルカ! 久しぶりね。最近誘ってくれないじゃない。どうしたの?」
「仕事が忙しくてね・・」
マリアはルカの後ろにいるパイに気が付いた。
「あら、妹さん? ルカに妹っていたかしら?」
「こっちはロッシの姪っ子のパイだよ」
「まぁそう。よろしくねパイちゃん」
ちゃん付されたパイは身震いしながら山盛りのくだものを見るような目つきでニコニコしているマリアを眺めた。
「そうだ! パイちゃん、私たちの結婚式のベールガールにぴったりじゃない? どう? ルカ」
「結婚式ぃ?! い、いや、マリア。それはちょっと・・・」
「あら、いい閃きだと思ったんだけど」
「マリア、俺たち仕事中だからまた今度連絡するよ」
マリアは満面の笑顔で手を振ってルカたちを見送った。
パイは冷ややかにルカを見上げた。
「あっちが本命だったの?」
「違う!! あ、いや、マリアと結婚の約束なんてした覚えはないんだ」
「でもあっちはその気満々じゃない」
「マリアは思い込みが激しいんだよ」
「あんたって男は・・・」
「・・・頼むから、何も言うな」
―――
賑やかな通りを過ぎ大きな公園を通りかかった時だった。
「ねぇルカ、誰かが呻いてる」パイが公園内を見つめながらルカを呼び止めた。
「何も聞こえないな。お前が先導してくれ」
耳を澄ませてみたが何も聞こえなかったルカはパイを促した。パイは耳がいい。その点はパイを信用していた。
パイについて公園に入って行くと暗がりのベンチの横に男が倒れていた。
―――
「あと少し発見が遅かったら手遅れになっていたでしょう」処置室から出てきた医者が言った。
「ではもう平気なんですね?」
「ええ、心臓発作を起こしたようです。ですがもう大丈夫です」
倒れていた男は旅行者のようだった。特に不審な点はなく、犯罪性は無いと判断したルカたちは病院を後にした。
「よくやったな、パイ。人一人の命を救ったんだぞ」
「でしょ? あたしは優秀なのよ。そこらの人間よりよっぽど凄いんだから」
(思ったよりいいやつかもな)
生意気な口調とは裏腹に喜悦しているパイを見てルカは思った。