妖精さん、イタズラはほどほどに
第1部
「おい! 待て、コラッ」
男は倉庫らしき広い建物の中を出口に向かって走り抜けてきた。20代後半位だろうか、かなりの長身だ。
「待てと言われて待つバカがど…」
男の前方から声が聞こえてくる。
声の主は出口に突然現れた大きな鋼の盾に激突し盛大にひっくり返った。・・いやひっくり返ったはずだ。ガーンという大きな音とドサッと人が倒れる音だけが倉庫に響いた。
「っっつぁ~痛ってぇ」
「はっ! 捕まえたぜ! 追いかけっこの最中によそ見なんかするからだ」
長身の男は床から何かを掴み上げた。
盾の主の手には確かに手ごたえがあった、だが激突した相手の姿が見えないようで手に持った盾をさすりながら相手に尋ねた。
「ルカ、捕まえたのか?」盾を持った男は目を凝らした。
「おうよ! こんなの軽いぜ。」
「何だよ! 離せよ!」ルカの手元から声だけが聞こえてくる。
「離せと言われて離すバカがどこにいるんだぁ?」
ルカはニヤニヤしながら片手を持ち上げて目の前に何かを持ってきたが盾の男には何も見えない。手に掴んでいる相手の声が聞こえないと、まるでパントマイムを見ているようだ。
「俺はパンとお菓子をいくつか頂戴しただけだよ!」
「1週間、毎日10個、20個盗むのが『いくつか』なのかよ」
「・・・・いいから離せぇぇ」
捕まった者が暴れているのか、ルカの手が揺れた。そのまま喚いている何かを掴んだルカは店の倉庫から出て行った。
「離せっ、首を掴むな! 痛い痛い痛い」ルカの手の下でそれはずっと喚いている。
ルカだけには見えているその姿は小型犬位の大きさのネズミの様な外見をしていた。ジタバタと手足を動かし尻尾は鞭のようにしなっていたがルカにがっちり掴まれて逃げ出せないでいる。
「おい、妖精が人間社会で悪さをするとどうなるか分かってるだろう?」
「そんな事分かってるよ! でもちょっと食い物を頂戴しただけなんだから見逃してくれよ」
「ほんの少しの窃盗位と思ってるかもしれないが、軽犯罪も度重なると管理局行になるんだぞ」
『管理局』という言葉が出るとそのネズミのような小妖精はピタリと暴れるのを止めた。
「・・分かった。もうしない」
「次は無いからな」
ルカは小妖精を静かに地面に下ろした。その妖精は背中を丸め走り去ろうとしたが、ふと振り返ってもう一度ルカを見た。
「俺、パンが好きなんだよ」
「なら何か・・森で取れる果物か何かと交換してもらえ。道路の溝に落ちてる硬貨を探して集めてもいいな。精霊石を見つけたらそれと交換もいいだろうし。普通の人にはお前たちの姿は見えないが声は聞こえるんだから、正直に食べたいんだと言えばいいだろう」
「それでも交換してもらえなかったら?」
「俺の所へ来い。名前はルカだ。代わりに買ってやるよ。俺は治安警備隊にいるから」
小妖精の尻尾がピン! と跳ね上がった。「それはありがてぇ。へへっ」喜んだ彼はそのまま走り去った。
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盾の男は物の陰から恐る恐る出てきた店主に言った。
「解決。報酬は治安警備隊へ直接持って行ってくれ」中年を過ぎているがガタイがよく強面の男は無表情に言った。
「ありががとうございました。本当に妖精の仕業だったんですね、助かりました。これは報酬とは別に、ほんの気持ちですが」店主は大きな紙袋に入った沢山のパンを差し出したが男は首を振った。
「店主、気持ちはありがたいが、報酬はきちんと頂くのだからそれだけで十分だ」
男はくるっと踵を返しルカの後を追った。
「貰っておけば良かったのによぉ」外に居たルカはぶつくさ文句を言った。
「規則違反だ。で、あれはどうした?」
「お説教してから離してやったよ。次は管理局行きだ、と、くぎを刺しておいた」
「なら、もう来ないだろうな。じゃぁ帰るとするかあ~腹が減ったな」
「だからぁパンを貰っておけば良かったんだよ」
「規則違反だ」
「ちぇっ。そういやさっき、盾を出すのが遅かったぜ。手を上げたらって言ったじゃないか」
「お前は上げた手を下げたら、って言ったぞ」
ルカはあんぐりと口をあけた。「ロッシ!! 次は『手を上げたら』にしてくれよ。あんたには見えないんだから、タイミングを合わせないと!」
ロッシは悪びれもせず、おう! とだけ答えた。
二人は倉庫を後に、暗くなりかけた坂道を彼らが住むアパルトマン目指して登って行った。